犬を買った理由
2009/05/16 Sat 22:33
MAGIC
私たち夫婦が最初の犬たち、マリンとキャンディーを迎える決断をした時の理由は至極単純な理由だった。可愛い可愛い女の子が欲しくてその当時推奨された産み分け法とやらをがんばったけれど、結局妊娠することはなく、ハタと考えて確実な女の子を選んだ。
生まれてきてしまっている確実な性別。それが待望の犬だった。私たちの初めての娘のマリンは今2009年、私たちの年齢を遥かに超えて介護生活を送っている。
犬を迎え入れる目的が娘としてという単純な理由であるなかには、単純であるがゆえに大きな理由でもあったように思う。私たちの大切な娘。姿・形は犬であろうとも、神様から与えられた運命の子。そんな思いで迎え入れた。何もできなくたってかまいやしなかった。もともと、何かしようとも思って迎え入れたわけでもなく、「目的」と思われるものがないままに、ただただ愛する対象として迎えた娘だ。
迎え入れた子犬は姉妹で二頭同時に娘になった。双子が生まれたのと変わりない。姉妹であってもこれほどに違うものなのかと教えられ、息子という存在しか知らなかった私たち夫婦に多くのことを残した。人と違って巣立っていくことはないままに…。
私たち夫婦は彼女を産み落としてはいないけれど、他に彼女を産んでくれた親元はあっても私たちの子供なったその瞬間から生みの親のつもりで育ててきたと思う。下の娘は図らずも脳腫瘍という大病を患い、私にとっては短すぎる同じ時を過ごして天国に帰って行った。
今時のようにインターネットなんかもない時代に、生んでくれた親元に我が家の最高の娘の近況をよく報告しに行ったものだった。病気を心配してくれる親元に頑張っていますよ大丈夫ですよと伝え、励ましをありがたく思ったものだった。
犬を子供のように思うとき、犬たちの多くには生みの親がいて育ての親がいる。多くの飼い主といわれる人たちは生みの親であり育ての親であることは稀だろう。ちょうど私たちのマリンやキャンディーのように私たちの手で取り上げた犬でない以上。。。
実質犬たちにとってどちらの存在が親になるのかといったら育てたほうになる。犬は自分では産めないけれど、この腕に抱いたあの瞬間からわが子になった。
子育てをし、しつけをし、その能力に一喜一憂し、多くの楽しみを共有した後に残るものは「巣立ち」ではなく「介護」だ。病弱な子もいるし、健康優良児もいるし、それは生まれてきた彼らが決められるものでもないし、生んだ親が意図的に決められるものでもない。その解釈さえあれば犬と人はきっと幸せに暮らせるのではないかと思う。
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