2017.10.20

パフィーが天使になりました。。。

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6月に肥満細胞腫が発覚してから闘病生活が始まったパフィーは、10月18日午後6時55分、11歳7か月4日の生涯を閉じました。彼女が亡くなった原因は肥満細胞腫ではありませんでしたが、3つの腫瘍を抱える中、肝臓を傷めた結果だったろうと推測しています。数週間の間ほとんど食事らしい食事を取れずに衰弱し、嘔吐と下痢に悩まされ、黄疸と貧血で苦しい時間が過ぎました。
獣医さんのバックアップの元、イマニチブ、ステロイド、抗生剤、胃の保護剤、下痢止め等投薬を続けましたが、食事がとれないパフィーに薬のみを与える事への大きな疑問を持ち、9月末には覚悟を決めなければならない事態にまでなり投薬もステロイドと胃の保護剤のみに減らしました。

9月の終わり、もう駄目かと思った数日後から、パフィーは再び今までの3分の1ほどの量でしたが食事を取るようになりました。あれもこれもいりませんと顔を背け、無理やり給仕すると嘔吐・下痢をする毎日からは考えられないほど、にこやかにおいしそうに少しづつですがいろんなものを食べてくれました。このまま少しづつ回復するのではないかと錯覚するくらい元気も戻りました。

しかし喜びもつかの間、10月10日を境にぴたりと受け付けなくなり、今までにも増して下痢が酷くなりました。排尿してもまっ黄色な尿に変わり、横になっている時間が大半の毎日になりました。

15日の夜になると今まで吠えて人を呼ぶことなどほとんどなかったパフィーが私の姿が見えなくなると「ひゃんひゃん」という悲しげな声を出して傍にいてくれというようになりました。今までの経験で、具合の悪くなった子が、寝ているはずなのに傍から離れると私を呼ぶようになった数日後お別れが来るので、もう頑張れないのだと解りました。

それでもパフィーは食事の時間には自力で台所に歩いてきてテーブルの下に陣取って横になります。
日に3回、何とか自力で立って歩けるパフィーに、何をあげてももういらないと顔を背けるのが解っていても、これはたべない?そうかいやか、じゃぁこれは?とみんながかわるがわる食べ物を差し出します。

16日の日、夕飯時に息子が差し出したお豆腐を美味しそうに食べました。1丁の半分も食べて、もしかしたら不安な思いは間違いで、先月の終わりの様にまた戻るんではないかと期待してしまうほど食べました。それがパフィーが食べた最後の食べ物でした。

パフィーは本当はうちの子として残す予定ではなく、欲しいという方が決まっていた子です。ただ余りにもギャルギャル唸り、初めて飼う人には難しい子なのではないかと思い、エリーが産んだ子と変えていただき我が家に残りました。

しかし、育てていくうちに気が強く攻撃的なのではなく、自分の意思を相手に伝える手段が唸ることだったということが解り、嫌な事さえされなければ唸ることも無く、彼女を守り、断り方を教えれば問題が消え、愛らしい素直な子になりました。

女帝メロディーの娘として母親に溺愛され、美しい姿に息子の寵愛を受け、モコモコのパフィーは成長していきました。当時陽性強化の方法論を学んでいた息子のパートナーとしてたくさんの事を学んだ犬でした。我が家の流儀に反する行動が目立ち始めた頃、学ばせる内容を変えていきましたが、私たちに犬の教育について多くの問題を投げかけてくれた犬でもありました。

パフィーが我が家に残ったことで現在の子犬達が産まれてくる基礎ができました。マズルに白が入った美しいブルーマールの子たちはパフィーからの遺伝だと思うことが良くあります。パフィーが産んだブルーの女の子はミシェルと紗璃の2頭だけでした。我が家にはトライの女の子だけが残りました。それは当時は思いつかなかったけれど、ファンタの子のプラスを残すための準備だったように思います。

マオ・エコー・カリン・レディの母犬となった彼女はメロディー亡きあと群れの女王となりました。非常に聡明で群れの秩序を守らせることに長けていて、誰もパフィーに逆らうようなことは無く、ダッシュの面影を彷彿させる子でした。

我が家の場合、自分の産んだ子の数が(一緒に暮らしてる数が) 多いほど群れの中での順位は高くなります。パフィーはメスの中で最上位の子でした。娘を4頭も従えて暮らせる母犬は数少ないものです。いつもベッドの上の高い位置からみんなを見下ろして眺めているような犬でした。

息子が大好きで、ご飯よりも大好きで、散歩よりも大好きで…。彼に撫ぜられながら生涯を閉じたパフィーは、少し短い生涯だったけれどきっと幸せだったと思います。大きな百合の花と、黄色と白の菊の花に囲まれて永い眠りにつきました。

美しい、可愛い、綺麗なパフィー。仲良しだったファンタもサンダーも、いつも何かと真似をしていたダッシュも、唯一怖かったママのメロディーも、みんないるから寂しくはないよね。

お母さんがアスカの時のようにショックを受けないように、ずいぶん頑張ってくれたね。おかげで、ボロボロにならずにしっかりパフィーが天使になることへの覚悟ができたから心配しないでね。お兄ちゃんがちょっとだけ静かすぎるのが心配だけど、パフィーの事だから神様にお願いしてきっとまたこのうちに帰って来ると思ってる。だからその日が来るまでちょっとだけサヨナラね。

パフィー、パフィー、今までありがとう。我が家流をぶれないできっちり守っていくからさ、帰って来る時まで天国で遊んでいてね…。
今はただ、君の名前を呼んでも返事が聞こえないのが辛いよ…。最近の写真は辛くて載せられない…もう少し時間がたったら載せるからね。ゆっくりお休み、大好きだよパフィー。。。

 

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2017.09.13

雷が天使になりました。

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9月12日、雷が天使になったと連絡がありました。
雷の命を脅かす病気が解ったのは今年の初めだったでしょうか…。それまで特に大きな病気をしたことも無く、活発なダッシュに良く似た元気印で、小さいころから我が家と一緒に行動を共にしてきてくれた子です。

全くのインドア派だったというRYUさんが雷と関わったことでアウトドアに興味がわきドッグスポーツに興じ、シェルティーの血統をさかのぼることに興味を持ったり、クラブの事もお手伝いしてくれるようになりました。

訓練をがんばり、DISCDOGに参加し、アジリティーも楽しみました。

雷とはどのくらい一緒に出歩いたでしょうか…。逢うたびに大笑いするような事件が起こり、泣いたり笑ったり、まるでうちの子同然でした。その分、RYUさんにも多くの負担を強いたかもしれない気がしています。

厳しい事もたくさん言ったし、結果につながった時は手を取り合って喜んだし、二世が誕生しいろんな未来を想像しました。。。嬉しい事も悲しい事も、雷が彼女の元に行ったことで、私は言葉では言い表せないくらい沢山沢山助けられ続けています。

雷がだんだん弱っていく中を本当に良く介護してくれたと思います。雷が求めるモノをすべて与えてくれたことに感謝しかありません。雷の最期の一日をずっと一緒に居てくれたRYUさん、本当にありがとう。きっと雷も別れる日が少し早かったけれど、ママと出会えて幸せだったよとずっと一緒に居てくれてありがとう言っているに違いありません。。。最後に食べられた霜降りの黒毛和牛、美味しかったよね…。

雷はダッシュとデイジーの子で、うちにいた時はやんちゃっ子だったのに、お嫁に行った後、子犬の時はちょっとビビりなちび犬でした。今思うと、お兄ちゃんにはイケイケのボーダーコリーのマルボロ君がいて、押さえつけられていたのかもしれませんし、シェルティーの繊細な部分をうまくコントロールするのが難しかったのかもしれません。最初のうちは状況が解らず、まるまるデイジーに似たのかと思い、慎重に扱ったほうが良いと思っていた雷は大きくなるにつれ大胆な犬になって行きます。それは雷を理解しようと努力してくれたRYUさんのおかげと、マルボロ君の突然の死とその後に弟になったジェットの存在が大きかったのだろうと思います。

雷はジェットの兄貴としてリーダーシップを発揮するようになって行きました。

いつだったか・・・個人的に少々練習したばかりの私達は、雷とサンダーを連れてアジリティーの練習会に参加したことがありました。終わりに近いころ、練習走行が行われました。サンダーが走り終わり雷がコースを走るのを眺めていると、なにがどうしたのかはわからなかったけれど雷がハードルをぶち倒して(バーだけではなく全て)慌てるRYUさんを横目に「次は!!!!」と指示を要求していました。

普通のシェルティーだったら、痛みで走るのをやめるとか、驚いてコースを逸脱するとか・・・。でも雷は走るのをやめたRYUさんに文句たらたらで、もっと走ろうと怒っていました…。それはもう可笑しくておかしくて、青くなったり赤くなったりしているRYUさんには悪かったけれど私は大爆笑で涙まで流れました。
雷が倒したハードルは修理しないと使えない状況で、レースは中断し、一体何犬がぶつかったの?とみていなかった人がささやく中、笑いを押し殺した飼い主と繁殖者でした…。

10年間続けたドッグセミナーもほとんど参加してくれました。群馬県でアジの練習をした後、急遽白馬まで遊びに行ったり、ナナコのおうちで用水路に落ちたり・・・。雷はいつも笑わせてくれる子でした。

あんな事もあったこんな事もあったと想い出を書き始めたら書ききれないほどです。まるでうちの子と同じように、一緒に居た時間が長かっただけに、しょっちゅう顔を見てきた子だっただけに、昨日は何も手に付きませんでした。

毎日一緒に居たRYUさんやご家族の悲しみはもっともっと深いでしょう。。。愛されて信頼されて、家族みんなの体の一部となった犬たちが天使になった時、人は抜け殻のようになることがあるのだと私の犬達の死で経験しています。
人が悲しみの沼に沈み込んでしまうほど存在が大きい犬に育ててもらえたことを、その犬を産ませられたことを、育てていく過程でずっとずっと関わり続けてこられたことを、RYUさんと雷とダッシュとデイジーに感謝しています。

これからもまた、雷のような素晴らしい犬をこの世に産ませられるように、雷との関わり合いのように多くのお嫁に出した子犬達とも関わって行けるように努力したいと思います。雷のおかげで色んなことを勉強しました。RYUさん、雷を愛して色んなことにチャレンジしてくれて、いっぱい楽しんでくれて、そして私のアドバイスを聞いてくれてありがとうございました。まだまだこれからもジェットやトールと共に長いお付き合いをよろしくお願いします。

雷~!虹の橋の袂に着いたらファンタさんもいるからね、メロちゃんにもちょっかい出して叱られないようにね~。サンダーがいるしダッシュもいるし、白もいるよ、みんなでいっぱい走り回って遊べるね!神様にDISC投げてもらって仲良く遊ぶんだよ~。バイバイ雷、ゆっくりお休み…。

 

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2017.09.11

アスカが天使になりました…。

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パフィーも何とか落ち着いて緊急性が低くなった9月6日、アスカは突然倒れた。ダッシュが亡くなる前日に倒れた時と同じような倒れ方で、このまま見送ることになるかもしれないという恐怖を感じながらダッシュにやった時と同じように大きな声で名前を呼び続け体をゆすり、最後の心臓のあたりを強く叩いた。硬直した体が柔らかくなり呼吸が始まって、抱き上げてずっと体をさすり続けた。

見えない目を開けるアスカ、聞こえない耳に私と息子の声は届いたのかわからない。でも、確実に彼女は向こうの世界へ行きかけたけど、寸でのところで留まって帰ってきた。

私は獣医じゃないからはっきりとした診断名は解らないけれど、俗に言う心筋梗塞のような物だったのではないかと思った。ご飯を食べた後ウロウロと歩き回り、落ち着きなくトイレに行っては排便し、また戻ってきては寝たいけれど寝れないといった不安そうな様子で部屋中を歩き回っていて、その数分後に倒れた。

6月22日で17歳を迎え、我が家の最高年齢の17歳1か月5日のミミの記録を超えて、目の横に腫瘍が一つあるが、耳と目が駄目だったことを除けば、ごくごく普通に毎日を暮らし、ご飯も若者と同じようにたっぷりと食べ、粗相することなく暮らしていたアスカ。
もっさり見事な毛をしょって、筋肉もあり、とても17歳を超える犬には見えなかった。

若くして亡くなった愛犬たちを思うたびに、きっとアスカはみんなの生きられなかった時間を生きてくれるのだと、20歳まで生きる犬なんだと信じて疑わなかった。

倒れた翌日、すっかりいつも通りに戻ったアスカに、ダッシュとは違う、アスカは死んだりはしないんだという安心感を持った。ご飯もいつも通りに食べ、前の晩のようにウロウロすることも無く、シンノスケと一緒にいつもの寝場所で寄り添って眠った。

9月8日、孫のお守りを頼まれて朝から昼過ぎまでバタバタしていたが、ちらちら覗き込むアスカはいつものようにぐっすりと眠りこんでいた。15歳以上のダックスたち(その時はアスカとシンノスケだけになってしまったけど)は日がな一日よく寝ている。起きている時間のほうがずっと短い。だから心配はしていなかった。

遅い昼食を取り、早めに洗濯物を入れて台所にいると4時半ころ妙にシンノスケが変な声をがして呼ぶのでどうしたのと傍に行くと、アスカが顔を突っ伏して倒れていた。

慌てて引き出して抱き上げると頻脈になっている。息子を呼んでアスカをベッドに寝かせ体をさすってやると意識だけ回復した。お腹が痛いのか腹に力が入る。尻尾がかすかに動く。お腹が痛い時、痛みが強い時、犬達はこんな仕草をする。

痛いなら痛みだけは止めてやりたい、でも入院はさせない、アスカが望むことはきっとこの家にいて私が傍にいることだと思うから、でも病院へ行く意味があるのか、入院を拒めるのか、痛みだけ止めてもらえるのか・・・色んなことが頭の中をぐるぐる回ったけど、家で痛みを止められないので病院へ走った。

病院で皮下点滴をしてもらい、抗生剤を打ってもらう。たぶん飼い主の単なる気休めにしか過ぎないかもしれないと思った治療はアスカのおなかの痛みを止めた様だった。
家に戻る車の中でアスカは私の膝に乗りたそうだった。今は駄目だヨ運転中だからねと聞こえないことが解っていても話しかける自分がいる。音が聞こえなくたってアスカにはきっとつたわるんだろう。見えない目を私の目に合わせるように見上げて、ふぅっとため息をついておとなしくなった。

家に着くころガソリンが無くなったランプがついた。アスカを乗せたままスタンドに寄る気にはなれなかったので急いで家に戻った。ベッドに移すアスカは顔をあげてありがとうと言うように尻尾を振ってくれた。痛くてフルフルしたしっぽの動きとは明らかに違う力強い意思のある動きだった。

それなのに…病院から戻ってちょうど1時間後、アスカは眠るように穏やかに天使になった。。。

 

 

アスカは産まれて2か月の時、私の不注意でソファァベッドに首を挟んでしまい、一度呼吸も心臓も止まった子だ。尿も便も出てしまい、死んでしまったと思ったが必死で蘇生したら生き返った。
そのせいでアスカの声がほかのダックスとは違って非常に野太く、女の子には思えないような声しか出なくなってしまった。

後ろめたい気持ちのせいか、アスカは私にべったりの犬だった。他のダックスができることをアスカは一つだけできなかった。それは「待て」というコマンドで、必ず傍に戻るんだよと何度教えても我慢が出来ずに私の傍に来てしまった。無理やり止めて離れるとヒーヒー泣くので根負けして教えるのをやめた。アスカはどんな音がしても、何がいても誰が来ても、家の中では離れられても外で傍から離れることの無い犬だった。みんなと一緒に外を走り回っていても呼ばなくてもちゃんと足もとに戻ってきて楽しかったわよと野太い声でお話が上手だった。それは他のダックスたちが家族にするような家族に対して平等なものではなく、明らかに私に対してだけするものだった。

私は子犬時代の失態のせいで、アスカをまさしく【お母さん命】という犬に育ててしまった。。。

アスカは一回だけ子供を産んだ。1頭を除いてすべてレッド、アスカと同じブラックタンは男の子だけでアスカにそっくりだった。その子は気にられてお嫁に行った。次の子で女の子が産まれたら残そうと思っていた矢先にブラックタンの子犬が二分脊椎症と水頭症であることが解り、大手術を受けることになり、某獣医さんと大学病院の協力で手術は成功したけれど、予後が悪く数か月後に亡くなるという事態が起きた。

何が原因でその子が当時6万頭に1頭という珍しい症例として生まれ落ちてきたのか解らなかったけれど、もしもまた同じような子が産まれてきたらと考えるとアスカの子を望むことはできなくなった。アスカは多産系で6頭も7頭も産むような仔だったし、同じ病気の子が産まれないとは限らないし、アスカさえ元気で傍にいてくれればそれで良かったから血が繋がることは無くなった。今思えば遺伝疾患でもないことで恐怖におののき、アスカの子孫がいない事が悔やまれる。あんなダックスはなかなかお目にかかれない、可愛い可愛いお茶目な頭のいいアスカだった。

アスカが死んだ日から一滴も涙が出なかった。やることが無くなると何も手につかず、明るい間とても眠くて、夜になると眠れなくなった。だから犬関係の電話とかはいるととても助かった。どんな内容でもアスカの事を少しだけ頭の中から離す事が出来るから…。

いつもは亡くなるまでは泣かずに我慢するせいか堰を切ったように泣き続けるのに、今回は一粒も涙がこぼれなかった。
アスカがいた場所をぼんやり眺めていてハッとして我に返る。何か考えていたんだけれどまったく思い出せない。体中の力が抜けた感じ。こんなことは今まで一度も無く慈恵院でお骨を拾った後も、仏壇に花を飾りアスカを安置した後も涙が一滴もこぼれなかった。

 

死ぬと思っていなかった…それが原因…。

それなのに…今これを書き始めてから涙が止められない。この3日間、まったく流れなかった分だけ流れ続けている。いつもそばにいることが当たり前だったアスカ。あの子が産まれてきた時に17年2か月17日という長い長い年月を一緒に暮らす想像はしていなかった。
猫の毛みたいに柔らかく、普通のダックスよりずっと脚が短くて、顔も四角く耳付きが高く、タンマークが綺麗で美人さんだったアスカ。大きな生骨を齧って奥歯を折って歯科処置した以外病院もほとんど行かなかった健康優良児。

天国に着いたらみんながいるから大丈夫だね。おばあちゃんの体を脱いで、若く元気で張りのある姿に戻ってみんなと一緒に爆走しているんだろうね。アスカの大好きなファンタやサンダーもすぐそこにいるね。長い長い幸せな時間をありがとう。アスカは最高のダックスだったよ。愛してるよアスカ…。アスカのことを書き遺しておこうとしたらいっぱい涙が流れるよ、なかなか止められないから買い物に行けなさそうだよ、泣きたいだけ泣いてもいいね、アスカの事を思うほど止まらなくなってしまってるから。。。何の後悔も無いけれど、アーちゃんがいなくてすごく辛くて悲しい…。写真はまだ辛くて見れないから落ち着いたら美人に撮れたのを探しておくね…。お休みアスカ・・・またね。

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2017.08.25

パフィー再び病院へ…。

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パフィー、肥満細胞腫が発見され、最後の望みのイマニチブの効果が出て腫瘍が小さくなったのに、肥満細胞腫ではない胸の腫瘍が突然熱を持った。熱のせいかパフィーの顔は人のおたふくかぜのように両頬が垂れ下がったようになり慌てて病院へ連れて行く。まさかイマニチブの副作用が出たとかじゃないだろうか?確か白血球数の減少とか血小板の減少とか書いてあったような…。

内部に感染が起きているようで、白血球数が高く、肥満細胞腫のために使っていたステロイドもすでに切る寸前まで落ちたのになぜ感染が起きたのか解らないまま熱もあるので抗生剤を追加投与することになった。犬にはイマニチブの副作用はほとんど見られないからそれではないという見解。

それが土曜日の事・・・。

投薬を開始してすぐに効果は表れて、可笑しな形相はいつもの可愛いパフィーの顔に戻る。若干胸の腫れも引いたかのように思ったのは数日の間だけだった。

水曜日の夜、夜ご飯の後に投薬するもなんか様子がおかしく、息が荒い。エアコンをかなり低い温度に設定して掛けていてもぶり返した猛暑のせいか数日前のように室温があまり下がっている感覚がないし、モコモコのパフィーでは仕方がないかなと思いながら、毛をめくった途端絶句してしまった。

盛り上がった部分が真黒に…。

頭の中がぐるぐるする。皮膚の下が何かにぶつけたかのように真黒に見える。明らかに内出血だ。クリスとかレインとか・・・DICの文字が頭をよぎる。慌てふためいて夜中に病院へ駆け込んでもできることは何があるだろうか?血小板が落ちていたら他からも出血が始まる。レインがそうだったように…。

頼みの綱の先生には連絡が取れず、眠れない夜が明けた。

朝一で家を出たのに車は渋滞に巻き込まれ、病院へ着いたのは10時近かった。留守電に症状等を録音してあるから先生は事情を知っている。すぐに診察するもまさかの答えだった。

皮膚血管腫瘍だろうと…。病院には皮膚科の専門の先生もいて一緒に見てくれた。DICかどうかは血液を調べないと解らない。でも針を刺して出血が止まらなくなったら・・・上半身はすでに怪しく、ここならまだ行けるか?と後足から血を取った。

結果は極度な貧血、微妙な白血球数(投薬で下がった模様)血小板には問題なし。イマニチブの副作用はほぼなし。考えられるのは元の良性腫瘍?が変化した?もしくはその部分に血管肉腫ができた?

何がどうしてそうなったのかはもうどうでもよかった…。今できるのはステロイドを増やすこと、出血しているだろう腫瘍がはじけないように祈ることくらいか…。

ステロイドを使っているからまだまだ食欲は旺盛。それだけが救い。。。薬も喜んで食べてくれるし…。

胸を掻かないようにああしたらこうしたらと家に戻って有るものでいろいろやってみたけど上手く行かない。気のせいかまた大きくなったように見えてくる。首のほうまで黒っぽくなってしまった。

三角巾やら大判のガーゼやらネット包帯やらいろいろ買い込んだ。あまりうまくいかず、応急的に三角筋を切ったり穴をあけたりして大きな前掛けのようにしてパフィーの胸を覆うようにしてみた。何か余計なお世話的な顔をしてドンヨリするパフィーにせめて出血した時の予防的措置だから後でなんか考えるから今は我慢してねとお願いする。

パフィーはまだ11歳なのになんでこんな物ができてしまうんだろう…。最近みんな長生きじゃなくなった気がする。何がマリンやダッシュ・エリーやサムたちと違うのか…。

可愛い可愛いパフィーが、この先苦しい思いをしませんように…そんなことしか今は思いつかなくなっている…。

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2017.08.22

アスランが天使になりました…。

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アスランが18日、亡くなったと連絡がありました…。

アスランは私の知り合いのショーブリーダーさんの繁殖犬で、我が家から嫁いだ子ではありません。
飼い主さんから我が家に子犬の件で連絡をいただいた時には大人になっていました。
いつかはブルーマールをとのことで、我が家からはユノが嫁ぐとき、先住犬としていた子です。。。

アスランはユノの、また、その後に嫁いだルキアの良き兄貴として長い間家族を守ってきた犬です。立派な体格と素晴らしい毛量、美しい毛色、どこをとってもそれは見事なセーブルでした。

毎年九州から東京に帰った折には顔を見せに来てくれた子です。うちの子の兄貴分で、良く会った事のある子だから、逝ってしまった事が嫁いだ子と同じように悲しく喪失感を感じます。

オフ会でのちょっとした事件の事とか、ドッグセミナーでくつろいでいた姿とか、我が家でシャンプーされるときお湯を掛けられて迷惑そうな顔とか、ドライヤーにうっとりし眠ってしまった事とか、飼い主さんとお散歩中に大きな犬に襲われ怪我をさせられて、ずいぶん心配だったこととか・・・うちで生まれ育った子でなくても、頻繁に接触が有りコミニュケーションを取った子はうちの犬の兄弟姉妹であればなおさら思いは深くなります。

アスランを亡くし、飼い主さん家族は今はただただ深い悲しみの中、元気なユノやルキアに支えられているのだと思います。どの子もみんな何時かは年を取り、産まれてくる前にいたであろう天国に帰っていく日が来ます。

今はきっと、ピカピカに輝く元気な姿に戻って虹の橋のたもとをみんなを引き連れて走っているのではないでしょうか。。。アスラン、またいつか会える日を待っています。ゆっくりお休みなさい…。みんなにあったらよろしく伝えてね…。

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牛乳石鹸のネットCM・・・。

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今朝モーニングショーでネットで配信されている牛乳石鹸のネットCM(与えるもの編)が賛否両論で炎上中だそうだ。一度見てみるといいかも…。

https://youtu.be/CkYHlvzW3IM

CMの内容の意味が解らないとか、悪い父親像としてとらえられて不快感がある、洗い流したいのは何なのだ?という物と、お父さんの気持ちが解ると、真っ二つに分かれているらしい。

コメンテーターの意見は男女に別れ、女性陣は子供の誕生日にケーキを買ってきてと頼まれたのに部下を誘って飲んで帰って来るとは何事か…、男がゴミ出しさせられて何が悪いと…。
男性陣は言葉を濁しつつも、微妙に共感できたり、否定する意味が解らない云々…。

CMは商品を認知させ、販売に役立たせるものとして登場したけど、人の心をハッとさせたり、感動させたり、または時代を考えさせたりもするものだ。TVやラジオと言う媒体で流されていたものとは違い、インターネットを通じて多くの視聴者からの直な意見が発信され、閲覧回数に大きく反映もする時代になった今、見てもらうためにきわどい話題性をはらむ物も多い。。。

でも、ネットを通じた意見そのものは、PCやスマホ等を活用でき、ネットで閲覧可能な一部の人の物であって、年代にも大きく左右されるのだと感じている。

現代の父親像について、一昔前の子育て世代だった私たちのような50・60・70代はあのCMを見て共感する人のほうが多いのではないかと感じる。自分の伴侶が部下が上司から叱責されたのを見たら、きっと同じように励ますために飲みに誘ったりしたことを思い出すからだ。それが子供の誕生日だったとしても・・・。

実際、精神的に追い込まれて色々あった人のことなどもあったし、事の重要性の順位づけに何が人間として重要なのか今の時代ならなおさらと思う。そういう部分に置いては自分の伴侶の優しさには頭が下がる。

今は女性も男性同様重要な仕事をすることが当たり前だ。家庭に収まり、家族の面倒を見て家事をこなし、一家の長をサポートして生きる女性は少ないのかもしれない。でも、お互いの思いやりを持って暮らさなければ、子供にいい影響は与えられるはずも無い。疲れているのはお互い様だから・・・。

それぞれの家庭で、それぞれのルールがあり、それそれが家族と関わっていく。思いやりとか、お互い様とか、相手を許す心を育てていかなければ未来が明るくはならないと思う。家族だから、伴侶だから、子供だから、親だから、兄弟だから、親友だから、何を言っても何をやらせても良いわけじゃない。

CMの中の父親は、その日あった色々な矛盾に満ちた物事を、風呂に入ってすべて洗い流しながら今日の自分を振り返る。自分が父親から与えられたものを子供にも与えられているだろうかと考えながら風呂から上がる。そして、夜遅くまで待っていてくれた子どもと向き合い、ケーキとプレゼントで産まれて来てくれたこの日を祝った。

CMを見て私自身が感じたことは、父親像の違和感ではなく、母親の独善的な態度だった。息子に話すと、「あなたの脳は男脳だからですよ。」とさらりと言われる。

男脳ねぇ…。そうかもしれない(苦笑)だって、次の日も父親がゴミを出したところを見て、ここが母親だったら超良かったのになって思うくらいだもの…。(^^ゞ

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2017.08.02

とっぷが天使になりました。

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7月29日朝6時、とっぷが天使になりました。ダッシュとクリスの子で我が家のサンダーの兄弟。一緒に産まれた4頭は皆男の子で、リスキー・サンダー・ニート・とっぷ、全員ドッグスポーツに関わるという我が家では珍しい兄弟です。すでにリスキーとサンダーは天使になっています…。

ゴージャスで綺麗でおりこうな子だったとっぷ君。ドッグショーもちょっとだけチャレンジしたこともあったね、アジリティーも上手だったね、ママのお仕事を手伝って良きモデル犬として活躍していました。公的なお仕事も毎年やっていたんだよね。

東京西シェルティークラブがやっていたドッグセミナーにも参加してくれて、兄弟4頭でよーいドンをしたときも、サンダーが暴走する中、ママの元に一目散に走りこんだ優等生でしたね。

とっぷとは、京都と言う遠い場所に嫁いでもらったにもかかわらず、若いうちになんかも会う機会を飼い主さんが作ってくださって、成長ぶりを確認する事が出来てとても幸せでした。確か東京で行われたドッグショーの帰りに車が故障してしまって、こちらで修理することになって1週間だったか滞在しましたね。一目合うのと違って、とっぷの色んなことがたくさん解りました。ママと私は毎日朝から晩遅くまで犬談義に花を咲かし、有意義な1週間でしたよ。
今はもう天使になったウノちゃんも一緒に、できたばかりの柏の宮公園までお散歩しましたね。あれは何年前だったでしょうか…。もう10年も昔かな?

アジアインターのショーにも一緒にチャレンジしたね。とっぷのショーの写真結構あったから、なんか見ていて泣けてしまって…。

アジリティーの練習場所を借りていた時も遠くから遊びに来てくれましたね。一緒にアジリティーを出来たことはとても大きな糧となりました。あの場所が使えなくなってもうずいぶん経つけれど、あの時の写真とか動画はいっぱい残してあります。

ママに色んなことを教わって、ものすごいお利口さんにしてもらったとっぷ君。沢山の人に愛されて幸せな犬人生だったと思います。

とっぷのママ、長い間彼を愛してくれてありがとうござました。犬に関わる仕事をしているといろんなことがあるけれど、いつまでも良い犬仲間であることに変わりは有りません。それは犬を知り、犬と言う生き物を考え、彼らと共に生きることを選んだ人のみの共通点と言うか、価値観が同じだからだと思います。

貴女との語り合いはいつも楽しく、多くを学び合い、いろんな問題点を悩みあう事が出来ます。とっぷという私とあなたを繋ぐものの姿形は失われたけれど、あなたに託した時間の中で培われたものは失われません。それはとっぷが残してくれた大きな遺産です。

今は悲しみから抜け出せずに辛い時期だと思うけれど、とっぷが何時も見せていたあの可愛い笑顔のようにあなたに笑顔が戻る日を待っています。

とっぷくん、もう天国には着きましたか?もうすっかり元気な体に戻って一番若くて元気な姿に戻っている頃でしょうか…。貴方の大好きなウノちゃんも、モエちゃんも、ちゃんと待っててくれたでしょう?少し探してみれば、サンダーもリスキーもきっと近くにいますよ。
パパのダッシュもママのクリスも、一緒に育ったり遊んだ親戚犬たちも、ママと暮らし始めてからできた沢山のお友達も、みんな一緒に居るでしょう。

私たち人間はまだもう少しこちらにいなければなりませんが、いつか必ずそちらに行くので、良い子で待っていてください。もしチャンスが有ったら生まれ変わっておいでね。いつでも待っているから…。

 

 

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2017.07.30

海に行ってきました。

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ひょんなことから海に行ってきました。思いのほか涼しくてびっくり。これならシェルティーたち連れてくればよかったなぁ~…。
今回は孫とアラレ&フウカのみ。孫の瞬はアラレと歩けて楽しそうだったな(^^)v

 

 

 

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2017.07.18

ハニーの顔写真、変えてみました。

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仔犬のページを眺めていたらなんかハニーの顔の写真がいまいちだなぁと…。実際ハニーはとっても美人さんなのに子犬情報のページのハニーさんの顔は、なんか本当に変な顔の写真だった。

なので急遽載せ替えようと探してみるけど、意外に毛が無い時の写真ばかりでもっと今一。
実際目の前にいるハニーはモコモコで、子育て疲れはあるけれど、今のほうがずっと良さそう…。ってことで写真撮ってみたけど、仔犬からは離れたくないって言うし、おっぱい飲ませながらの撮影と相成りました。ブラシもはさみも入れていないのでまぁこんな物かな…。

でもなんか良い感じの母親らしい顔に撮れたかな?3枚の中の1枚を子犬のページに載せ替えました。

最近真面目に愛犬たちの写真撮っていないので1頭ずつベストショット撮らねばと思った次第(^^)v
耳ボーボーだわ・・(T_T)

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2017.07.14

「シェルティーワールド」が…

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うちのホームページの基本ともいうべき「シェルティーワールド」の部分が何と半年もの間完全に見えなくなっちゃっているという事態を数日前発見した。
このサイトの部分だけJCOMのほうに送ってあったのが、今年の1月末あたりからサービスが終了していたらしく…(T_T)

ホームページタイトルを「MAGICWORLD」から「SHELTIEWORLD」に変更しようかとも思った矢先の腰を抜かすほど驚いた現実ですが、見えてないですよと言うご忠告も無いままの発見と相成りました。もういい加減、人様のお役には立たなくなっているのかなぁとか思いつつ、別のプロバイダーに送ったものをリンク貼ってみたけど、ページ数が多いので見えているのかどうか確認は全てには至らず…。

サイトが大きくなりすぎてなかなか良い感じに手をれられないんだけれど、今回は毛色のページにちょっと手を入れようと思ったところで発見できたのでよかったのかもしれないが、改めてみてみると直さなくちゃいけない部分も多々ある。そこに新しいページ作らないと…。

一日1ページずつやればいつかは完成するんだろうけど、とりあえずは確認作業から始めます。今は暑くて日中になんかするのは無理だし、仔犬を見ながら夜中起きてる時なら書けるだろうし…(^^ゞ

ちかじか「シェルティーワールド」復活できるはずです。(苦笑)

個人の趣味の範囲のホームページ、それでもよく1999年から今まで続いてきたもんだと思います。時間の経過とともに変わっていることもあるので、見直ししながら書き直そうかなと言う感じかも。がんばるぞ~!(^^)v

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