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2017.09.13

雷が天使になりました。

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9月12日、雷が天使になったと連絡がありました。
雷の命を脅かす病気が解ったのは今年の初めだったでしょうか…。それまで特に大きな病気をしたことも無く、活発なダッシュに良く似た元気印で、小さいころから我が家と一緒に行動を共にしてきてくれた子です。

全くのインドア派だったというRYUさんが雷と関わったことでアウトドアに興味がわきドッグスポーツに興じ、シェルティーの血統をさかのぼることに興味を持ったり、クラブの事もお手伝いしてくれるようになりました。

訓練をがんばり、DISCDOGに参加し、アジリティーも楽しみました。

雷とはどのくらい一緒に出歩いたでしょうか…。逢うたびに大笑いするような事件が起こり、泣いたり笑ったり、まるでうちの子同然でした。その分、RYUさんにも多くの負担を強いたかもしれない気がしています。

厳しい事もたくさん言ったし、結果につながった時は手を取り合って喜んだし、二世が誕生しいろんな未来を想像しました。。。嬉しい事も悲しい事も、雷が彼女の元に行ったことで、私は言葉では言い表せないくらい沢山沢山助けられ続けています。

雷がだんだん弱っていく中を本当に良く介護してくれたと思います。雷が求めるモノをすべて与えてくれたことに感謝しかありません。雷の最期の一日をずっと一緒に居てくれたRYUさん、本当にありがとう。きっと雷も別れる日が少し早かったけれど、ママと出会えて幸せだったよとずっと一緒に居てくれてありがとう言っているに違いありません。。。最後に食べられた霜降りの黒毛和牛、美味しかったよね…。

雷はダッシュとデイジーの子で、うちにいた時はやんちゃっ子だったのに、お嫁に行った後、子犬の時はちょっとビビりなちび犬でした。今思うと、お兄ちゃんにはイケイケのボーダーコリーのマルボロ君がいて、押さえつけられていたのかもしれませんし、シェルティーの繊細な部分をうまくコントロールするのが難しかったのかもしれません。最初のうちは状況が解らず、まるまるデイジーに似たのかと思い、慎重に扱ったほうが良いと思っていた雷は大きくなるにつれ大胆な犬になって行きます。それは雷を理解しようと努力してくれたRYUさんのおかげと、マルボロ君の突然の死とその後に弟になったジェットの存在が大きかったのだろうと思います。

雷はジェットの兄貴としてリーダーシップを発揮するようになって行きました。

いつだったか・・・個人的に少々練習したばかりの私達は、雷とサンダーを連れてアジリティーの練習会に参加したことがありました。終わりに近いころ、練習走行が行われました。サンダーが走り終わり雷がコースを走るのを眺めていると、なにがどうしたのかはわからなかったけれど雷がハードルをぶち倒して(バーだけではなく全て)慌てるRYUさんを横目に「次は!!!!」と指示を要求していました。

普通のシェルティーだったら、痛みで走るのをやめるとか、驚いてコースを逸脱するとか・・・。でも雷は走るのをやめたRYUさんに文句たらたらで、もっと走ろうと怒っていました…。それはもう可笑しくておかしくて、青くなったり赤くなったりしているRYUさんには悪かったけれど私は大爆笑で涙まで流れました。
雷が倒したハードルは修理しないと使えない状況で、レースは中断し、一体何犬がぶつかったの?とみていなかった人がささやく中、笑いを押し殺した飼い主と繁殖者でした…。

10年間続けたドッグセミナーもほとんど参加してくれました。群馬県でアジの練習をした後、急遽白馬まで遊びに行ったり、ナナコのおうちで用水路に落ちたり・・・。雷はいつも笑わせてくれる子でした。

あんな事もあったこんな事もあったと想い出を書き始めたら書ききれないほどです。まるでうちの子と同じように、一緒に居た時間が長かっただけに、しょっちゅう顔を見てきた子だっただけに、昨日は何も手に付きませんでした。

毎日一緒に居たRYUさんやご家族の悲しみはもっともっと深いでしょう。。。愛されて信頼されて、家族みんなの体の一部となった犬たちが天使になった時、人は抜け殻のようになることがあるのだと私の犬達の死で経験しています。
人が悲しみの沼に沈み込んでしまうほど存在が大きい犬に育ててもらえたことを、その犬を産ませられたことを、育てていく過程でずっとずっと関わり続けてこられたことを、RYUさんと雷とダッシュとデイジーに感謝しています。

これからもまた、雷のような素晴らしい犬をこの世に産ませられるように、雷との関わり合いのように多くのお嫁に出した子犬達とも関わって行けるように努力したいと思います。雷のおかげで色んなことを勉強しました。RYUさん、雷を愛して色んなことにチャレンジしてくれて、いっぱい楽しんでくれて、そして私のアドバイスを聞いてくれてありがとうございました。まだまだこれからもジェットやトールと共に長いお付き合いをよろしくお願いします。

雷~!虹の橋の袂に着いたらファンタさんもいるからね、メロちゃんにもちょっかい出して叱られないようにね~。サンダーがいるしダッシュもいるし、白もいるよ、みんなでいっぱい走り回って遊べるね!神様にDISC投げてもらって仲良く遊ぶんだよ~。バイバイ雷、ゆっくりお休み…。

 

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2017.09.11

アスカが天使になりました…。

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パフィーも何とか落ち着いて緊急性が低くなった9月6日、アスカは突然倒れた。ダッシュが亡くなる前日に倒れた時と同じような倒れ方で、このまま見送ることになるかもしれないという恐怖を感じながらダッシュにやった時と同じように大きな声で名前を呼び続け体をゆすり、最後の心臓のあたりを強く叩いた。硬直した体が柔らかくなり呼吸が始まって、抱き上げてずっと体をさすり続けた。

見えない目を開けるアスカ、聞こえない耳に私と息子の声は届いたのかわからない。でも、確実に彼女は向こうの世界へ行きかけたけど、寸でのところで留まって帰ってきた。

私は獣医じゃないからはっきりとした診断名は解らないけれど、俗に言う心筋梗塞のような物だったのではないかと思った。ご飯を食べた後ウロウロと歩き回り、落ち着きなくトイレに行っては排便し、また戻ってきては寝たいけれど寝れないといった不安そうな様子で部屋中を歩き回っていて、その数分後に倒れた。

6月22日で17歳を迎え、我が家の最高年齢の17歳1か月5日のミミの記録を超えて、目の横に腫瘍が一つあるが、耳と目が駄目だったことを除けば、ごくごく普通に毎日を暮らし、ご飯も若者と同じようにたっぷりと食べ、粗相することなく暮らしていたアスカ。
もっさり見事な毛をしょって、筋肉もあり、とても17歳を超える犬には見えなかった。

若くして亡くなった愛犬たちを思うたびに、きっとアスカはみんなの生きられなかった時間を生きてくれるのだと、20歳まで生きる犬なんだと信じて疑わなかった。

倒れた翌日、すっかりいつも通りに戻ったアスカに、ダッシュとは違う、アスカは死んだりはしないんだという安心感を持った。ご飯もいつも通りに食べ、前の晩のようにウロウロすることも無く、シンノスケと一緒にいつもの寝場所で寄り添って眠った。

9月8日、孫のお守りを頼まれて朝から昼過ぎまでバタバタしていたが、ちらちら覗き込むアスカはいつものようにぐっすりと眠りこんでいた。15歳以上のダックスたち(その時はアスカとシンノスケだけになってしまったけど)は日がな一日よく寝ている。起きている時間のほうがずっと短い。だから心配はしていなかった。

遅い昼食を取り、早めに洗濯物を入れて台所にいると4時半ころ妙にシンノスケが変な声をがして呼ぶのでどうしたのと傍に行くと、アスカが顔を突っ伏して倒れていた。

慌てて引き出して抱き上げると頻脈になっている。息子を呼んでアスカをベッドに寝かせ体をさすってやると意識だけ回復した。お腹が痛いのか腹に力が入る。尻尾がかすかに動く。お腹が痛い時、痛みが強い時、犬達はこんな仕草をする。

痛いなら痛みだけは止めてやりたい、でも入院はさせない、アスカが望むことはきっとこの家にいて私が傍にいることだと思うから、でも病院へ行く意味があるのか、入院を拒めるのか、痛みだけ止めてもらえるのか・・・色んなことが頭の中をぐるぐる回ったけど、家で痛みを止められないので病院へ走った。

病院で皮下点滴をしてもらい、抗生剤を打ってもらう。たぶん飼い主の単なる気休めにしか過ぎないかもしれないと思った治療はアスカのおなかの痛みを止めた様だった。
家に戻る車の中でアスカは私の膝に乗りたそうだった。今は駄目だヨ運転中だからねと聞こえないことが解っていても話しかける自分がいる。音が聞こえなくたってアスカにはきっとつたわるんだろう。見えない目を私の目に合わせるように見上げて、ふぅっとため息をついておとなしくなった。

家に着くころガソリンが無くなったランプがついた。アスカを乗せたままスタンドに寄る気にはなれなかったので急いで家に戻った。ベッドに移すアスカは顔をあげてありがとうと言うように尻尾を振ってくれた。痛くてフルフルしたしっぽの動きとは明らかに違う力強い意思のある動きだった。

それなのに…病院から戻ってちょうど1時間後、アスカは眠るように穏やかに天使になった。。。

 

 

アスカは産まれて2か月の時、私の不注意でソファァベッドに首を挟んでしまい、一度呼吸も心臓も止まった子だ。尿も便も出てしまい、死んでしまったと思ったが必死で蘇生したら生き返った。
そのせいでアスカの声がほかのダックスとは違って非常に野太く、女の子には思えないような声しか出なくなってしまった。

後ろめたい気持ちのせいか、アスカは私にべったりの犬だった。他のダックスができることをアスカは一つだけできなかった。それは「待て」というコマンドで、必ず傍に戻るんだよと何度教えても我慢が出来ずに私の傍に来てしまった。無理やり止めて離れるとヒーヒー泣くので根負けして教えるのをやめた。アスカはどんな音がしても、何がいても誰が来ても、家の中では離れられても外で傍から離れることの無い犬だった。みんなと一緒に外を走り回っていても呼ばなくてもちゃんと足もとに戻ってきて楽しかったわよと野太い声でお話が上手だった。それは他のダックスたちが家族にするような家族に対して平等なものではなく、明らかに私に対してだけするものだった。

私は子犬時代の失態のせいで、アスカをまさしく【お母さん命】という犬に育ててしまった。。。

アスカは一回だけ子供を産んだ。1頭を除いてすべてレッド、アスカと同じブラックタンは男の子だけでアスカにそっくりだった。その子は気にられてお嫁に行った。次の子で女の子が産まれたら残そうと思っていた矢先にブラックタンの子犬が二分脊椎症と水頭症であることが解り、大手術を受けることになり、某獣医さんと大学病院の協力で手術は成功したけれど、予後が悪く数か月後に亡くなるという事態が起きた。

何が原因でその子が当時6万頭に1頭という珍しい症例として生まれ落ちてきたのか解らなかったけれど、もしもまた同じような子が産まれてきたらと考えるとアスカの子を望むことはできなくなった。アスカは多産系で6頭も7頭も産むような仔だったし、同じ病気の子が産まれないとは限らないし、アスカさえ元気で傍にいてくれればそれで良かったから血が繋がることは無くなった。今思えば遺伝疾患でもないことで恐怖におののき、アスカの子孫がいない事が悔やまれる。あんなダックスはなかなかお目にかかれない、可愛い可愛いお茶目な頭のいいアスカだった。

アスカが死んだ日から一滴も涙が出なかった。やることが無くなると何も手につかず、明るい間とても眠くて、夜になると眠れなくなった。だから犬関係の電話とかはいるととても助かった。どんな内容でもアスカの事を少しだけ頭の中から離す事が出来るから…。

いつもは亡くなるまでは泣かずに我慢するせいか堰を切ったように泣き続けるのに、今回は一粒も涙がこぼれなかった。
アスカがいた場所をぼんやり眺めていてハッとして我に返る。何か考えていたんだけれどまったく思い出せない。体中の力が抜けた感じ。こんなことは今まで一度も無く慈恵院でお骨を拾った後も、仏壇に花を飾りアスカを安置した後も涙が一滴もこぼれなかった。

 

死ぬと思っていなかった…それが原因…。

それなのに…今これを書き始めてから涙が止められない。この3日間、まったく流れなかった分だけ流れ続けている。いつもそばにいることが当たり前だったアスカ。あの子が産まれてきた時に17年2か月17日という長い長い年月を一緒に暮らす想像はしていなかった。
猫の毛みたいに柔らかく、普通のダックスよりずっと脚が短くて、顔も四角く耳付きが高く、タンマークが綺麗で美人さんだったアスカ。大きな生骨を齧って奥歯を折って歯科処置した以外病院もほとんど行かなかった健康優良児。

天国に着いたらみんながいるから大丈夫だね。おばあちゃんの体を脱いで、若く元気で張りのある姿に戻ってみんなと一緒に爆走しているんだろうね。アスカの大好きなファンタやサンダーもすぐそこにいるね。長い長い幸せな時間をありがとう。アスカは最高のダックスだったよ。愛してるよアスカ…。アスカのことを書き遺しておこうとしたらいっぱい涙が流れるよ、なかなか止められないから買い物に行けなさそうだよ、泣きたいだけ泣いてもいいね、アスカの事を思うほど止まらなくなってしまってるから。。。何の後悔も無いけれど、アーちゃんがいなくてすごく辛くて悲しい…。写真はまだ辛くて見れないから落ち着いたら美人に撮れたのを探しておくね…。お休みアスカ・・・またね。

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