2016.12.26

瞬とシェルティのぬいぐるみ…。

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クリスマス・・・。孫の瞬君も2歳を過ぎたので楽しくおしゃべりできたりするようになった。サンタさんが欲しいモノをくれるんだよって、何やら電話して頼んだのだそうだ。電車が欲しいんだって~(*^_^*)

そういえば下の息子は小さいころ電車好きだったな。上の息子は車一辺倒だったけど。それに色もそうだ、下の息子は緑が好き、上の息子は紫が好き。
なんでそういう好みになったのかはわからないけれど、孫の瞬は緑が好きだ。父親と同じ。(^^)v

犬の好みも違いが明確。もちろん懐いてくるとか体の大きさとか、接する機会が大きいとか、もろもろの条件があるには違いないけれど、下の息子は犬を飼い始めた頃からなぜかセーブルが好み。
私もパパも上の息子も、皆ブルーマール好きなのに、なぜにセーブルなんだろう?彼が最初に愛犬だと認識したのはキャンディーでブラック&ホワイトだったよ。バイブラックの犬がほとんど生まれてこなかったからかなとも思うけれど、最近産まれてくるようになったにもかかわらず、変化はない。

セーブルが好きというよりも茶色い犬が好きなのかもしれないなぁ…。蘭を愛し、エリーを愛し、今彼が一番気にしている子はモリーだ。蘭はレッド、エリーはセーブル。モリーはエリーの娘。
我が家にハニーとマルスが来た後は、元々いる子よりもハニマルを溺愛している。

そんな父親の息子に産まれた瞬は、やっぱりセーブルが好き。

そんなにお利口だとは思わないモリーを、「モーちゃんは凄くお利口!」といたくお気に入りだ。モリーは無抵抗だからなぁ~。。。

先日も私がいない時間に、「モリーと追いかけっこしたんだよ!」と意気揚々と教えてくれたが、すぐにモリーは大下痢になった。。。追いかけられるなんってそうは無かった繊細なモリーには過酷なストレスだったらしい。
「モリーはおばあちゃんだから追いかけっこは無しだよ、お腹痛くなっちゃって可哀そうでしょ?」といったら「ゴメンね」としょんぼりしていた瞬。

瞬はとっても繊細で優しい。まだまだ我が家の犬たちを牛耳れるほど強くはないけれど、犬の気持ちも解る大人になったらいいなぁ。。。

モリーの代わりってわけではないが、今年のプレゼントは私の趣味で、巷で話題のシェルティのぬいぐるみにしてみた。すごく気に入ってくれたようでバアバも満足である(*^_^*)

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2016.12.23

誕生日プレゼントはポケモンGO

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今日は57歳の誕生日。自分の誕生日はいつもクリスマスとごっちゃになって、貰う人からあげる人になってずいぶんと時がたっている。
そんな中、ストレス解消とダイエットに一役買っているポケモンGOを7月から始めている私にパパからのプレゼントがあった。

今日は朝から都内の公園めぐり。
昨夜暴風雨だったのでお供はアラレとフウカのみ。綺麗になってるシェルティーたちを汚したくはないのでお留守番・・・ごめんね。。。

「何か捕まえたいポケモンはいないのか」と聞かれ、残念なことに現在出現するものはほぼ網羅しているし、図鑑に登録されていないのは、卵から生まれる海外のものと、唯一「ベロリンガ」だけだ。一度取り逃がして以来まだお目に書かれていない。だいたい、「ベロリンガ」なんか巣になっているところは日本全国探したって皆無。地道に偶然の出会いを待つのみだ。あえてどうしてもこれ!というポケモンはすでにいない。

「適当でいいよ~」という私を連れて、いくつも公園を回ってくれた。

クリスマスイベントに入ってから凄い巣は都内にはないようで、興奮するような収穫ではなかったけど、それなりに面白かった。

お気に入りのガーディーも捕まえられたし、進化できるものもいくつか増えたから。

ポケモンGOをするようになってからストレスが限界を超えるようなことはだいぶ減った。結構ダメージが大きい時もあったけど、何となく捕まえれば気持ちが楽になった。
最近はジム戦もできるようになってコインを集めることも楽しんでいる。見知らぬ人と話すようにもなって、元来人見知りだったのに可笑しな気分だ。

今日は犬連れの女性から話しかけられ、話すうちにゲームの遊び方を何も知らないのでついいつもの癖でレクチャーしてしまった(苦笑)

画面を見ながら歩かなくてもポケモンを捕まえる事が出来ること、ジム戦をしないのなら持ち物のうち傷薬関係を捨ててしまったほうがボールがたくさん持てること、ジム戦で勝ったら自分のポケモンをジムに置くやり方、置いた後コインを取る方法、コインは一度とると20時間は取れないこと、1回でコインを沢山採る方法、集めたコインで欲しいモノがもらえること、同じポケモンを沢山捕まえたかったらら「巣」と呼ばれる場所に出向くと沢山捕まえられること・・・などなど。

レベルが25くらいになると集める経験値が膨大になるのでやめちゃう人が多いらしいと聞いた。遊び方はネットにいくらでも書いてあるけど、中高年の私達には必要だろう情報がなかなか見つけられないままが多い。

つい先日も知り合いがジムでコインは一日1回しかもらえないと思っていたので教えてあげたばかりだ。ポケモンGOだけじゃないけれど、ちょっとだけやり方を知っていれば楽しみが続くものって沢山あると思う。

マスメディアは日本人の痛いところをついて、ポケモンGOの悪い事ばかり強調するけれど、ゲームの世界を根本的に変え、「人を家から外に出させ新しい発見を促す」社会を変えるモノだろうなと思う。

何せこのゲーム、家にこもっていたら先には進めない。図鑑を制覇する楽しみ、ジムで戦ったり同じ色のチームのレベルアップをはかったり、一人でもできるけど仲間がいたらもっと楽しい。

変化の大きい街並みを眺め、季節を感じ、歩く楽しさを思い出させてくれた。写真も良く撮るようになった。珍しいモノ、綺麗な花木、噴水、公園の説明の看板、ふいに出会う虹…。

実際犬達も平々凡々な散歩スタイルから、完全リーダーwalkに戸惑いながらも付き合ってくれるようになった。いい年になって、若いころのようにああだこうだと話すこともなくなっていた夫婦間も話題が尽きることは無い。息子とも会話が弾む。
誕生日に夫婦でお出かけだってさ…。何年ぶりでしょうかね?お金も大してかからないし話すこともいっぱいあって、なかなか楽しい一日でした。お誕生日万歳!(^^)v

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2016.12.22

2016年を振り返って…。

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2016年に入ってすぐ、我が家には新しいメンバーが増えた。新マリンとギャバン。もうじき1歳になる。あっという間に過ぎる時間。ギャバンは見た目も中身もサンダーに良く似てきた。マリンはキャンディーに性格が似ている。新しい時代がそこまで来ているようにも思えるけど、まだ何も手についていない。

今年は色々悲しい事・辛い事が多かった年だった。最長老だったミミが逝き、後を追うように七瀬が逝ってしまった。我が家に残したダッシュの唯一の娘のメロディーも9月の終わりに旅立った。
私自身が一番輝いていた時代を知っている犬たちが、だんだん、だんだんいなくなってしまう現実。

我が家のパック(群れ)に影響力の大きい子が亡くなると途端に皆が体調不良を起こす。メロディーが逝った後、10月11月と次々に犬たちが体調を壊し、人心地がついたのは12月に入ってからだった。

同時期に、嫁いだ子の中には体調不良の知らせから相談を受け、結果、大きな病気が発覚した仔もいる。彼女は今も飼い主さんとともに病気と闘っている。犬は、良い飼い主に恵まれて、良い獣医と出会えれば、頑張れるだけ頑張ってくれるのだ。いつか、その体がここに無くなろうとも、その心と頑張った記憶は消えることは無い。犬は人と違って寿命が短い。そしてやってあげられることにも限界がある。その中で獣医の資質の違いや技術の差、飼い主への配慮など、幸せな時間を続けるために、何がどこまで必要である事なのかの判断はとても難しい。。。

この秋、父が倒れた時、もう今回は駄目かなという気持ちが心をよぎるくらい弱ってしまったけれど、弟夫妻の至れり尽くせりのおかげで今は自宅に戻って元気に毎日を過ごしている。
叔母は余生を好きなように生きるのだと豪語していたけれど、検査で癌が取りきれることが判明し、急遽方向を変えて手術に臨み、今はすっかり回復した。仕事しようかなという発言に驚いたり呆れたり…。それだけ元気になった事は嬉しい事だ。

人が救われる陰に、色んなことが積み重ねられ結果につながったのだろうと思いつつ、それを犬に求めることが正解なのかどうなのか今も答えは出ない。80歳、90歳まで有に生きられるようになった人間、5.6歳だった寿命が14.15歳まで伸びた犬。その後ろにある膨大な医療費と診断や技術の違い…。考えなければならないことや、知っておかなければならないことは年々増えている。

 

今年も、お嫁に行った子たちのあの子もこの子もそれぞれの天寿を全うし、天使になった…。

クッキー(ダックス)・レックス・蘭・青藍・あとむ・アイス・かがり・ニコ・・・みんな良い子で大切にしてもらい沢山愛してもらった。飼い主さんの悲しみの深さは、解りすぎるほど解る。

私自身もまた長い長いペットロスの状態から抜け出せずに毎日を過ごしている。孫が二人に増え、新しい犬を増やし、にぎやかな毎日のはずが、何かというと苦しくて辛い。必ず傍にいた子がいない事は昔とは確実に違うということで、やったことがあることでも、初めてのチャレンジでも、何かをするときの実感が、犬たちに求めるモノや与えるモノの違いを生み出す。これでいいのかという自問自答は毎晩答えが出ない。。。

時の流れが、欲するものを変える中で、その時間の蓄積で欲するモノと必要なモノの違いを明確にした気もする。悲しみの沼は思うよりも簡単には抜け出せないけれど、愛した犬との思い出が悲しみを超えて喜びのほうが大きく、後悔や反省を乗り越える時が来たら、また新しい一歩が踏み出せるだろう。

 

そんな気持ちにさせてくれた大事な人が先月旅立った。
最後に連絡を取ったのは夏だった。逢いたいねと言いながら逢わないままになってしまった。私の大事な子犬を素晴らしい犬に育て上げてくれて、とってもとってもカッコ良かった。妹くらいの年齢で、良く意見がぶつかったけど、おととし、白の病気がきっかけとなり、連絡を取り合うようになって、互いに理解し合え元の関係に戻れた。。。口うるさくて、細かいことをいろいろ言ってごめんねと詫びたけど、もっといろいろ教えてくださいと言ってくれた。。。

私が助けてもらったことは数知れず、色んなことに器用な人で、いつか大成するだろうと期待していた。私のHPの製作にも大きく貢献してくれた。完成後にもここはこうならないか、ああならないかという素人のわけのわからないようなダメダシや我儘を辛抱強く聞いてくれて改良してくれた。

彼女を知る仲間たちでお花を贈った。あなたと出会えたことを感謝していますと…。10年ちょっとの付き合いだったけど、凄く密で深かった。。。友人と思っている人が亡くなったのは二人目…。酷く辛くて悲しい。どうにもならないのに怒りに似た感情が湧きあがる。どうして彼女が逝かなければならないのか…。

初めての競技会の時あんなことがあったよね~、DISCの大会でデビューしたころこんなだったね、遠征し、温泉入って酒を酌み交わしシェルティーチームで参戦したね、シェルティーとフリスビーでこんな風に遊べるんだよって何回もイベントやったね、かっこいい写真撮りたくて、良く集まったね、新年会は楽しすぎて飲みすぎてばかりだった・・・。

それぞれがそれぞれの想い出を語る時、みんな笑顔で想い出を語るのに、笑いながら泣きながら、彼女がこの世にいない事を悲しんでいる。

たった1頭の犬が多くの出会いを生み出してくれる。その犬を生み出した我が家を中心として、いろんな方向に広がっていく。我が家が何時もその「核」でいることが、何が有ろうとも変わらない事実であることを心に留めて「君と出会えてよかった」と言ってもらえるような犬たちを生み出し続けて行きたいと思う。

2016年、ブログ更新もままならないままの私と、お付き合いいただきありがとうございました。来年はNORIさんとの約束のHPの更新作業に従事し、犬たちの育成に尽力しようと思います。春にはまた新しい子犬と共に新しい人との出会いを期待しています。

皆様良いお年をお迎えください。

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2016.10.06

余波…。

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メロディーの急逝によるショックが徐々に下の部屋の住人達に蔓延してきた。

モリーが嘔吐。ジャイアンが下痢。アラレ食欲不振。想定内のこととはいえ、仲間を失う事のストレスの大きさが身に沁みる。犬も身内を亡くすことは人と同じくらい辛い事なんだ・・・。

そんな中、昨夜突然シンノスケが倒れた。

犬たちの夕ご飯の支度中、水入れの前で動かないので珍しいなと思っているうちにそのまま横倒しにバタンと倒れた。もがきもしない…。

視点は定まらないし口元には涎。

慌ててバスタオルでくるんで抱き上げた。

声をかけても体が震えていて心臓の鼓動がものすごく速く体が凄く熱い。「シンちゃんしっかりして!」と体をさすりながら30分ほどたつと震えが収まった。動悸もだいぶ減ってきた。

息子に犬たちのご飯を頼み、何頭か上に連れて行ってもらう。

死んじゃうかもしれない恐怖がようやく遠のいたのは2時間くらいたってからだったろうか…。
食欲はない。

抱いているよりはベッドに一緒に横になったほうが楽だろうと寝かせた。硬直していたお腹も少し柔らかくなり手足を伸ばして眠り始めた。体をさすりながら・・・「メロが逝っちゃったばかりなんだからあんたまで逝っちゃったらお母さんボロボロになっちゃうよ、頑張ってよ、お願だからさ…。」と言ってみる。

複雑な言い回しなんか解るはずも無いのに、シンノスケはしっぽだけパタパタ振ってくれた。

大丈夫かもという安堵感は眠りを誘発する。シンノスケの体温をジワリと感じ、そのままうとうとと1時間くらい眠ってしまった。気が付けばシンノスケはベッドから降りていた。「ピチャピチャ」という水を飲む音の先にシンノスケがいた。「大丈夫?」と声をかけると、「うん」と答えたかのようにこちらを振り向きすたすたとトイレに入っていった。

長~く排尿をし、スッキリしましたという顔つきでベッドの近くまで来たが自力で登ろうとはしない。今なら何か食べるかもしれないとささみの茹でたものと缶詰をあげてみる。

ささみは拒否したけど缶詰は食べたので、いつも飲む薬を混ぜて食べさせた。その後ささみも食べるというのでおおよそ1本食べた。。。

気は抜けないけど、山は越えたと思う。夜中に先生をたたき起こさずに済んでまぁ良かったかな…。

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2016.09.27

メロディが天使になりました…。

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我が家の女帝、ダッシュとクリスの唯一の娘であるメロディーが今朝早く天使になりました。

この数日食欲も回復し、上手くしたら体重も戻ってくるかもしれないと期待できるくらい目の光も強く、動きも良くなり、ご飯の時間が私の幸せな時間となっていたのに…。

毎朝、目覚めると寝ているメロディーのおなかが動いているのかを確認し、ホッとしてその一日は始まっていました。でも今朝は、お気に入りの場所に居るメロディーのおなかは動いていませんでした。

昨夜遅く、2時過ぎにはぐっすりと眠って、ちゃんと呼吸していたのを確認したのに・・・。
すぐ横に眠るモリーすら、メロディーが逝ってしまった時を知らなかったのか、何かあれば大騒ぎするはずが、まったく静かな朝でした…。
パパは私よりも1時間くらい早く起きますがそのパパも気が付かないまま…。

呼吸していないメロディーに気が付いてから、何をどうしたのか覚えていません。少しだけ体は暖かく、でも硬くなりつつありました。抱き上げてメロちゃんが死んじゃったと喚いた様な気がします。息子を呼びつけ、右往左往し…。

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メロディーがいなかったら今我が家でブルーマールやバイブルー・トライやバイブラックの子犬が産まれることは無かったでしょう。
メロディーはダッシュとクリスの間に、2002年1月30日4頭の子犬の長女として産まれました。たった1頭のブルーマールの女の子だったので産まれたその時にうちの子に決めました。
一緒に産まれた兄弟たちは良いオーナーさんの元で大切に育てていただきみんな寿命をまっとうしすでに天使になりましたからメロディーは4頭の中の最後の1頭でした。

メロディーは体が小さくコロコロとした子で気の強いおてんば娘でした。2005年、メロディーの血を繋げたくてカルロス君との間にジェニィー(50グラムの奇跡)が産まれました。あまりに小さく産まれたジェニィーの生涯は短く、辛い思い出がたくさんあります。なので出産をどうしようかずいぶんと悩みました。。。でもここで血を途絶えたくない思いから…。

翌年、ルディ君との間に2頭の子をもうけました。そのうちの女の子がパフィーです。

その後メロディーの子で女の子は3頭生まれましたがうちに残ることは無く、最後の出産はすべて男の子でした。右京はメロディーの子ですがうちの犬のラインでは血が近すぎるので未だ独身です。

そんなわけで、メロディーがいなかったらパフィーは産まれてこなかったし、パフィーがいなければエコー・マオ・カリンたちは産まれてこないわけで、代々血を繋げていくとき、運命のような物を感じます。当時は今のようになるとは思いも寄りませんでした。。。

メロディーには厳しくも優しいクリスが母で、群れのリーダーだった父親のダッシュが何時もそばにいました。彼らから引き継いだ強い精神力と無謀にも思える冒険心を持ち、いつも子犬のように可愛らしい、見た目はキャンディーだけど中身はマリンという子でした。

ダッシュ亡き後、マリンが仕切っていた時代のように長い間メロディーがリーダーを務め、いつしかその役目をサンダーに引き継がせ、穏やかで静かな時間を過ごしてきたと思います。サンダーが逝ってしまった時も凛として女は強いなと感じさせた子でした。

ファンタを亡くした時、食べられないことへの私の苦悩を察知していたのか、大声で泣きじゃくりファンタにすがりついていた私に、同じように悲しまないように気を使ったんじゃないかと、あいつはそう言う気遣いする奴だったから・・・と息子に言われ、メロの亡骸を見てはそうかもしれないなと思います。

メロディーはシェルティーらしく飼い主をよく観察し非常に細やかに私を知っていました。体が小さいからと私が凄く心配していることも知っていました。

何も食べれなくなってきたとき、これは?あれは?と差し出す私に、「ゴメンね、あんまり食べたくないんだ」と鼻先でそっと押し返してきたりする子でした。具合が悪くなってからスイカだけでかろうじて命が繋がっていた時もあったし、枝豆が気に入って毎日枝豆をすりつぶしたときもありました。馬肉のほぐし缶しか食べなくなった時はもう駄目かなって思わせたけど、炭水化物を取ってほしくてご飯を混ぜて食べてくれたのは3日間でした。カボチャやさつま芋を甘辛く煮つければ食べるのに、蒸かしたり茹でただけだとそっぽを向かれて困った日もありました。鳥のささみを食べた後盛大に吐かれた時は泣きたくなりました。ゆで卵を食べるというのであげれば酷い下痢を起こし、病院のお世話になる羽目になった事も…。肛門嚢炎を起こし、お薬を飲むのにチーズでくるんで無理やり飲ませるとちょっと怒っていたけど、1回解るとちゃんと食べてくれました。苦いお薬もあったのにね偉かったよ、メロディー。。。

亡くなる数日前、たまたま、たまには食べてみようかと買ってきた「きおうりんご」をスーパーの袋の中に入れたまま床に置いていたら、それを持ち出して齧って半分くらい食べていました。食べ過ぎだよと取り上げると後をついて回るほど欲しがるので、きっと体が欲しがるものが入ってるんだろうとその日から与えるようになりました。スイカはもう手に入りにくくなっていたので消化しやすいように毎日りんごを擂ってあげました。驚くほどよく食べ、ウンチも硬く良い感じ物もが出て、元気そうに見えました。その時の写真を撮り、そのうちブログに元気ですよって載せようと思っていた矢先の今朝、小さな女帝は静かに眠りにつきました。

メロディーはとってもかわいい子でした。シェルティーのスタンダードと見た目は程遠いかもしれないけれどクリクリの大きな目の彼女の内面にあるシェルティーらしさがとても好きです。それが彼女の曾孫や曾曾孫たちに備わっていることを願っています。

虹の橋のふもとには多くの我が家の犬達や、メロディーの同腹の兄弟たち、一緒にDISCや訓練で楽しんだメンバーが勢ぞろいして迎えてくれているでしょうから、若く美しいキビキビと動ける年齢に戻ってご挨拶しているでしょう。14年と7か月28日、もう少しで8か月だったけど欲張っては駄目ですね、長い長い間、沢山の幸せと希望と夢をありがとう。

メロディーに関わる多くの方々にもお礼申し上げます。長い間応援ありがとうございました。今度はメロディーは天国から皆さんを見守る役に尽きました。。。

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2016.08.02

白・HAKU…。

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昨年の2015年7月12日。ダッシュとデイジーの間に産まれた白は12歳3か月で天使になりました。私の予想と違って余りに早い別れでした。。。白が病気である知らせを貰ってすぐに、我が家のサンダーも体調を崩し、状態は芳しくなく、時を同じくしての二人の闘病生活では、まだ若い彼らをを思っては涙が止められず、看病をがんばっていたNORIさんの胸中を思うと自分と同じように夜が来るのが怖いだろうになどと想像しては、頭がいっぱいになり、結果、何も手につかなく・・・。
当時、白の状態の改善に役立つことや治療など白にとって何が一番必要で何をやってあげることが大切であるか役に立てるかもしれないことを思いつくままに伝えていたような気がします。。。

白の病状、頑張っている様子など、途中経過はたびたび伝えてくださって一喜一憂していたのが一年も前であるとは・・・。亡くなったのはまるで昨日の事のように鮮明なままだから…。
白が亡くなった知らせは予想よりもずっとずっとショックが大きく、彼のことを書けないまま1年もたっています。

彼の動画や写真を穏やかな気持ちで見れるように気持ちが落ち着いた今、改めて彼とのことを書いておこうと思います。若く美しい彼の姿と共に・・・。

2003年4月7日誕生。白は名前とは裏腹にまっくろでタンのマークがほとんど見えない地味な毛色の男の子でした。飼い主のNORIちゃんの希望はブルーマールの雄だったのに、私が勘違いして、先に「アトム」の飼い主さんを決めてしまい、トライの白がパートナーになりました。
まさかの失態に、本当に申し訳ない事をしたと次の子を待ってもらうように話したけれど、何かの波長が合ったのか、やはり運命の赤い糸が結ばれていたのか、「この子と暮らしていきたいです」と言ってもらい、白を抱いて「良い人に選んでもらえて良かったね!」と喜んだことが昨日の事のように思い出されます。
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彼女が決めた名前を聞いた時、真黒な子だったからあえて印象的に「白(ハク)」なのか?と思ったら、「千と千尋の神隠し」の川の化身「白」からもらったという素敵な名前でした。

白は子犬の時からメキメキ大きくなって、スタンダードサイズを有に超えたけれど、のちにフリスビードッグとして素晴らしい結果を出す犬に成長していきます。頑丈でタフな彼だったからこその結果なのだろうと思います。
子犬時代は溺愛?と思うほどそれはそれは可愛がられて育った子でした。1歳くらいになってから訓練を模索し、一緒に大きな競技会会場での試験を受けました。やる気満々の犬で動きは素晴らしいのに、あたふたする飼い主に「次は?次は?早く言ってよ!!!」と、まくし立てる賑やかな子に育ちました。

いつかは父親のダッシュのようにフリスビーができる犬にと頑張ってくれたおかげで、白はボーダーコリーたちと互角に戦い結果を残すようになって行きます。若く元気な飼い主の要求通りに、抜群の動きと体力を備え、少々おしゃべりな所もあったけれど見事な写真や動画をたくさん残してくれました。今もまだ動画サイトに彼の雄姿が残されています。(NORI&HAKUで検索)

一度、ファンタとの間に子供を期待しましたが、女の子が苦手だった白との間に子供ができることは有りませんでした。返す返すも残念です。JCC埼玉展では何回かお昼の休憩中にイベントとしてDISCDOGを一緒に披露してくれた白でした。当時DISCができるシェルティーは何頭か育っていましたが、大柄でダイナミックで一番カッコ良かったなぁ~…。
たくさん写真があるけれど当時は動きの速い白の写真が上手に撮れずにピントがぶれるばかりで歯がゆい思いを沢山しました。

白は毛色が地味だったけれど誰よりも華やかに生きた犬だと思います。シェルティーだってフリーフライトはできるんだよとダッシュやサンダーが見せたモノよりもドッグダンスの業なども取り入れてずっと華やかで煌びやかな演技を披露してくれました。

数年前、多くのシェルティー飼いの人たちにフリスビーの楽しさを知ってもらおうと「AIRMAGIC」というサイトを別枠にし、チームを立ち上げた時もありましたが、「家庭犬としてベストにしてから」という私の希望と、「DISCDOGとして早く練習させたい」というメンバーとの間に意思の疎通ができなくなりチームが消滅したことはとても残念でした。あの当時、NORIさんが作ってくれたサイトはとても素敵で、TOPに貼ってあったDISCDOGFLASHはまた見たいほど素晴らしい出来でした。。。

多くの犬が年を取り、競技から離れた現在、ようやく当時の意図が伝わり、「何が伝えたかったのか今になって解る」と言ってもらえることは今後の犬たちに有益でしょうし、白たちDISCDOGからもらったご褒美の一つだと思っています。

犬との人生の最高な時期は、ほんのわずかです。それまでに泣いたり笑ったりしながら一緒に学び育っていく、そしてそれが数年後に大きな成果に変わって現れる、それがあったら、無いよりもずっとずっと人と犬は幸せになるのではないかと思います。

ダッシュを失い、今もまだ彼の思い出を胸に抱き続けるパパや、サンダーを失った私が途方に暮れ、なかなか新しい子たちに目を向けられずにいたように、白を失ったNORIさんの悲しみはずっと続くのかもしれません。それほど彼らは飼い主の人生に決して消えない巨大な花を咲かせたのだと思います。

ダッシュが多くの子を残したように、白にもサンダーにも子孫を残してほしかったけれど、叶わぬ夢となりました。でもいつかきっと、彼らを彷彿させるような見事なDISCDOGのシェルティーがきっと現れるでしょう。それを飼い主が望むことによって、すでに経験値を積んだものがいて、何をすべきかを伝えられれば、ダッシュ達よりももっと早く完成するかもしれません。。。

大きめのシェルティーだからこそできる多くの楽しみ、頑丈な体と強い精神を持った、白の様な素晴らしい犬にまた逢いたいと願いつつ…今天国にいる白と、彼を立派な犬に育てて最期を見届けてくれたくれた飼い主のNORIさんに感謝を込めて、ありがとう!!!!!

NORIさん・・・悲しみが癒えたら、また逢いましょう。
白やダッシュ・サンダーの想い出を沢山語り明かしましょう…。

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2016.08.01

アイスが天使になりました。

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マリンの娘で先月15歳を迎えたばかりのアイスが29日午後9時過ぎ、天使になりました。

アイスは産まれてすぐに生死をさまよい、助かったものの不安で我が家の子として残した子です。先代マリンの娘の中でブルーマールで両目がブルーの子はこの子だけでした。思いのほか大きく育ち当時楽しんでいたショーの夢は断念。穏やかで利発な彼女にはマリンから受け継いだ人の話をよく理解する賢い頭脳が備わっていました。マリンを育てた時のように何ら苦労することもなく毎日の言葉の掛け合いで十分すぎる成果を見せる子だったのでいつかは子孫をと望んだ子です。

アイスが大人になってしばらくしたころ、アイスの子供を熱心に望んでくださる方が数人いました。なかなか出産まで至らないとお断りが続く中、とても熱心でずっと待っていると言ってくださったのが我が家からクッキーをお嫁にしてくれたクッキー家のご夫婦でした。希望に沿いたくてもアイスはなかなか出産まで至らず、何年待たせるのかわからない状況でした。
当時クッキーの訓練を通して非常に親密になっていたこともあり、もし良かったらアイス自身を主嫁にもらってくれないかと相談し、一つの約束をしていただきアイスをお嫁に出すことにしました。

アイスは犬として十分なものを備えて、クッキー家に嫁ぎ、少々可愛がられ過ぎてやんちゃだったクッキーの良き指導者として暮らしました。
それ以上に、犬との暮らしが初めてだったクッキー家に、「犬」を教えてくれたようにも思います。

アイスを通してクッキー家と我が家は普通のオーナーさんたちよりもずっと親密なお付き合いをするようになりました。そこにアイスの存在がどれほど大きなものだったのかと今も感謝の気持ちでいっぱいになります。

月日が流れ、アイスが母になる日がやってきました。アイスの大きくなったお腹に聴診器を当てて、「ほらココに赤ちゃんがいるんだよ、元気に心臓が動いている音が聞こえるでしょ?」とクッキーママに聞かせてあげたあの日を思い出しています。アイスは素晴らしい子を7頭も産んでくれました。うちにその血統を残さなかったことがとても悔やまれますが、2004年生まれの子供たちは皆大事にされています。でも12歳の年を迎え、すでに天使になった子もいます…。

犬は2頭までと思っていた彼らがその音を聞いた時から、アイスの子と暮らしたいと決心したとは思いも寄らず…。2014年9月5日、アイスは7頭の子を出産し、そのうちのココアがクッキー家の3番目の娘として嫁ぎました。

クッキー・アイス・ココアの三姉妹との逸話は数えきれないほどあります。笑いあり、涙あり、楽しかった思い出、辛かった思い出・・・。我が家の恒例のキャンプに度々立ち寄ってくれ、24時間かけて、我が家の犬たちに対する接触の仕方などなど観察して、「なるほど~勉強になりました!」とかえって行き、それを次の年には我が家のほうが舌を巻くほどの結果にして見せてくれたことはご夫婦の犬たちに対する愛の深さを感じずにはいられませんでした。
そして、三姉妹の為にお二人が頑張ってお宅を新築され、新築祝いに駆け付けた時、三姉妹の幸せに満ちた顔を忘れません。

長い長い年月が過ぎるとき、ブリーダーと飼い主との間に親密な関係が続いてることは非常に稀な事でしょう。親しかった彼らとも、それぞれの忙しさから1年に一度会えるかどうかという関係に変わっていました。

年月が流れ、犬たちの体にも変化が起きます。調子が悪いけれど病院行くべきか?という相談よりも先に、「病院でこういう病気だと言われました」とか「亡くなりました」との報告が、嫁がせて10年くらいからポツリポツリと届くようになります。突然倒れたとか、病気の兆候の知らせが届くこともあります。。。

問題なく年を取っていく子たちのうちの1頭だったアイスは、親しい分、少しの変化についても何度か相談がありました。それも大したことがないままで、だんだんと連絡は途絶えがちになっていましたが、それはクッキーの死によって再開し、また密に連絡を取り始めた頃でした。

今年の初め、アイスは年齢を考えて避けていた手術を受けることになりました。手術をしなければ死んでしまうのを待つだけなら、危険を冒してもやる価値があると判断したからでした。何度かそのことについて相談を受け自分なりのアドバイスをしつつ。。。
術後急激な回復を見せたアイスが数日で体調を崩したと連絡がありました。

我が家では今年になってすでに25頭を見送っている経験があり、術後についても多少なりともの知識が有ります。アイスの症状はすでに経験済みのもので、時間が遅ければ手遅れになるものでした。
緊急に病院へ行ってもらい、検査の種類を知らせ、獣医さんに知らせてもらい、適切な処置をしてもらえたので事なきを得ました。

今思えば、あの日からの7月29日までの半年強の時間、アイスがご夫婦との別れが来るまでのご褒美だったかもしれないと思います。

アイスはクッキーを見送って寂しくて辛い時間ご夫婦を支え、娘のココアと共に頑張ってくれたと思います。

愛犬の事で相談を受けた時、私は厳しい事も伝えなければならない立場にあります。愛犬がいつかは死んでしまうこと、それまでのできることは何か、どこまでやることが犬にとっての幸せなのか、犬が目の前にいるのに泣いてばかりは駄目だと、いなくなる前からその時の事ばかり考えていたら大事なものを失くしてしまう事、病気と闘っている犬を不安にさせないでほしいと・・・。

時には悲しみの共鳴を求められていることが解っていても・・・それをしてしまったら冷静な判断ができなくなることも知っているから。。。

アイスは頑張りぬいた15年とひと月を、ご夫婦と実の娘に見守られ天使になりました。

長い間アイスを娘として大切に育んでいただいたこと感謝しています。

 

アイス、そっちにはママのマリンもクッキーも君の子供たちもいるから大丈夫だよね。
アイスのパパとママが沢山泣いている・・・とっても愛されて、大事にして貰って本当に幸せだったね。私からもお礼を言っておいたよ、アイス、またいつか私の元に産まれておいで、待っているからね…。

ゆっくりお休み、またね、アイス・・・。

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2016.07.09

何とか復活できるか?@メロディ

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メロディは7月で14歳半になる。6月に入ったあたりから徐々に食欲が落ち、足腰が急激に弱った。日によって一人で立ちあがれない時すらある。咳も出るので心臓かもと診察を受けたけど、心臓は問題なし…でもだいぶ前から言われていた、いつからか腎臓の一つが委縮し始めてる問題のほうが進行している。。。腎臓が二つあって良かったと思うしかない・・・。でもこの年だ…いつ他の臓器が頑張らなくなったっておかしくはない。腎臓や肝臓は血液検査の数値に出てくるときにはどうしようもない。予防策としてだいぶ前から処方食を使っていたんだけど。。。カリカリのままが好きでずっとカリカリと一粒ずつよく噛んで食べていた。

どんな生き物でもいつかは細胞が老化し、体が弱っていくのだけれど、メロディーは小さくてムクムクしていて目がぱっちりし良く動く仔なので、14歳半にもなろうというのにいつまでも大人になる少し前の子犬みたいに感じてしまう。こうして書くから14歳半なんだけど、感覚的には10歳くらいの若々しい雰囲気だった。最近は耳が遠くなったせいか、元気な時はなんだかんだと小うるさい。

そんなメロディがいつの間にか、立ちあがるのに苦労していて手を貸してあげなければならないことを申し訳なさそうな上目づかいで見上げ、立てた後に緩やかに尻尾を振ってくれる時、つい、ウルっとしてしまうのだ。あぁ年取ったんだなって実感が重くのしかかる。

人様にはまだ死んでもいないのに死んじゃう死んじゃうどうしようと嘆かずに生きている今を大事にしろと話すけれど、具合が悪そうな状態を目の前にすれば泣きたくなることもある。特に何も食べない日は…。

今までの経験から学んだこと。。。元気で長生きする犬はとにかくよく食べるし良く動く。もちろん年相応に寝る時間はやたらに長くはなるけれど…。それに年の割には歯が丈夫だ。手入れが同じなのに汚れ方や痛み方が全然違う。人も同じかもなと思うこともある。メロはまだ1本も欠けていない。歯石もある程度は付くが簡単に剥がれる。例の水のおかげかもしれないけど。硬いモノをよく噛んでくれていたおかげか側頭筋も落ちていないし、年寄り特有のげっそりした顔にはなっていないのが救いだ。

歯が丈夫だからというわけではないかもしれないが、具合が悪そうであってもご飯だけはちゃんと食べる。口から物が入るということがどれほど大切な事か…。食べない原因が解っているならまだしも、老化に伴い、少しづつ体が弱まってきて、食べなくなって行く傾向でうちでは一定のパターンがある。

お気に入りのフードが駄目になり、手作りのご飯も食べなくなり、肉や魚を避けるようになり、缶詰にもそっぽを向くようになっていく中、なぜか「馬肉ほぐし」という缶詰とスイカだけには興味を示す。ちょっと味がある感じもするし、コンビーフみたいだし、まさに肉をほぐした状態なものだから気持ち的にはこれだけしか食べないことにいらだちや不安が起きるけれど、何をやっても駄目になってこれしか食べないならそれでもいいやと思うような日が来る。水もなかなか飲まないので甘いスイカは水分補給に一役買っているのだろう。

メロディーも代々の犬たちと同じようについに「馬肉ほぐし」とスイカしか食べなくなった。幸いストックしてあるので手に入らないと騒ぐこともなく利用し始めた。数週間の間、一日で缶詰ひと缶しか食べないメロディーはあっという間に痩せ細った。

ところがだ・・・。数日前から晩酌のつまみに茹でた枝豆を欲しそうに見上げてくるので、噛み砕いて一口大の塊にして目の前に差し出すとペロッと食べた。次々と噛んでは与え、食べたねぇ~と嬉しくなるくらい食べた。食欲が出たのか、消化器サポートの缶詰も少し口を付けたし、馬肉ほぐしも一缶食べて、お口直しにスイカもかなり食べた。

同じパターンを繰り返しながら、欲しがるものを与え続け、昨日は嫁さんが焼いたパンを小さいモノを半分ほど食べたし、豚肉のクリーム煮の肉だけをふたつ食べ、新じゃがの煮物を一つ、お気に入りの枝豆団子を5つも食べた。今日は豆腐とかぼちゃの煮物を喜んで、馬肉ほぐしに処方食のフードをくるんで与えても難なく食べる。。。気のせいか骨骨しかったメロを抱くとほんの少しだけれど重くなった気もする。
今日は手助けしなくても立ちあがれるようになった。

点滴を入れるか入れないか悩んだ日もあるが今はまだ口から相応の量が食べられるならそのほうがずっと体のためには良い事だからこのまま続けようと思う。そして、ほんの少しづつでいいから回復して欲しい。。。

日々のお薬のほかにトランスファーファクターを2カプセル、アンチノールを一つ。効果ありますように…。

メロディーはダッシュの面影を残す大事な子、少しでも辛くなく、幸せでいてほしい。。。
頑張れ、メロディ!君はうちの女王様なんだから…。

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2016.07.05

色々と…。

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仔犬って産まれなかったの?と聞かれて、あぁそうだった、日記にもFBにも書いていなかった…。欲しいと言ってくれている方には順番にお知らせはしていたんだけど。。。

仔犬は無事に27日に生まれました。ベガはとっても安産で、子育ても上手です。おっぱいも良く出ているし、子犬を踏まない様な注意深さ、お尻の始末もちゃんとやってくれて初めてのママとは思えません。クゥちゃんやソルトとは違うなぁ~…。
それにベガはバイ因子があったので誕生した子犬はバイブラックがいました。ブルーマールは1頭だけ、男の子が誕生。でも・・・クリプティックブルーで、ブルー色は顔と前足のみ。体は真っ黒(苦笑)今までに生まれた子犬の中でこの子で3頭目。クリプティックで産まれた子が全部雄って言うのが不思議な所?写真は撮ってあるので近いうちにお披露目しましょう(^^)v
トライ女の子2頭・バイブラック女の子1頭・バイブラック男の子1頭・クリプティックブルー男の子1頭の5頭でした(^^ゞみんな超可愛いよ~!

さて・・・HPの子犬情報の更新が滞ってしまいましたが、実は色々ありまして。。。何があったの?と思う人は長いけど読んでみてください(苦笑)

一つ目は、実家の両親の介護問題。父がどんどん体が思うように動かせなくなりつつあり、それをサポートする母もほぼ限界。かといって家は離れたくはない、体を休めるためにしばらく父をデイサービス等で預かってもらうことも嫌だ…。みんなで交代で泊りがけでサポートしに来いとか言い出す始末。

う~ん泊まりかけで1週間交代とか、誰もがたぶん無理。

我が家は結婚と同時に旦那の両親と同居で始まり、両親とも最後まで面倒を見てきたし、今も子供たちと同居している。核家族が多い世の中で、同居のデメリットは沢山あるけれど、メリットもまた大きいと痛感している。世代の違いからくる違和感や理解できない部分とか色々あるけれど、毎日の生活の中で互いに揉めないように気を配って、なおかつ自分を失わないように自由に暮らし、家族だからこそ無理もできる環境は整うのではないかって思う事は多い。
片や一方的に自分たちの生活スタイルは変える気はないけど何とかしろと言われても…。なんか…上手く行っていたとは言えないけれど旦那の親のほうがずっとまともだったようにさえ思えてくる。かなりの兵の為、私と弟だけでは上手く行かず、毎回のように叔母たちにも助けてもらって来ていたのだ。

私が姉のように慕い、何かと言っては助けてもらっていた叔母(母の妹)と、いとこたち(3姉妹)も一緒になって、状況の打開を探るべく実家に集合することになった。

2つ目の問題、その日・・・叔母の「腎臓ガン」が発覚。

目の前が真っ白になった。。。

幼いころ、私は良く母の実家に行かされていた。(理由は知らない)小学生になっても中学生になっても自分の居場所は母の実家にあった。学校が無い休みと言われる日々の多くはほとんど茨城の家で過ごした。祖母が亡くなり、祖父が亡くなり、いつしか自分も大人になって入り浸ることが無くなっていったけれど…。
母の兄弟姉妹が自分の兄や姉のような存在であり、叔母の長女(いとこ)は一緒に暮らした時期もあるせいでまるで妹の様な存在だ。叔母は意志が強く、行動的で頼りになる人。母の兄弟姉妹がいて、祖父がいて…彼らから受け継いだ中に生き物との関わり合いがあった。自分の基礎が両親からではなく、母の実家に大きく影響されていることを今も感じている。

自分の両親の事についてもなんだかんだと散々世話になってきて、今回も同じように相談に乗ってもらうために実家で落ち合った。その日、検査してから行くからと言って遅れてきた叔母は「あたし腎臓がんらしいのよ、結構ヤバい状態なんだ」と告げた。。。

半年も前から調子が悪くてあれこれ検査してきたにもかかわらず、問題はないとされてきたのに、どうしてもおかしいとごねた結果、腹部エコー検査でようやく発覚したとのこと。11センチもある腫瘍がなんで半年も見つからないままなんだ?…。悔しさと怒りが込み上げる。患者の申告をちゃんと聞いていたんだろうか?

食べることが大好きなのに食欲が落ち、体重が落ちて明らかに痩せた。ダイエットしたってなかなか痩せない体質なのに・・・。

血液検査では貧血のみ。ほかのデータ上は異常なし。胃も肺も腸も綺麗・・・だからって何でもないって言う判断は変でしょ。。。

「明日再検査だけど、転移してたらもう何もしないで好きに暮らすんだ」という叔母の言葉を両親はどう受け止めたんだろうか…。看護婦をしている叔母は沢山の患者さんたちを診てきたせいでいたって冷静だけど、大好きな人が不治の病に侵されたショックは衝撃的というよりも時間とともにじわじわと押し寄せてくる。

おばちゃんがいなくなってしまったらどうしよう…。言い知れない不安が押し寄せてくる。。。

検査の結果、10万人に一人とか言う変わった症例で、他に転移がなく、膵臓や脾臓に癒着しているが取れないことは無い腫瘍らしい。普通の病院では難しく、女子医大じゃないと・・・と言うので早々に切ることになった。なのに切らなかったらどうなるの?と聞いたそうで、「死にます」と言われて一緒に話しを聞きに行ったいとこは「バカでしょ…。」と嘆いていた。そんな一族なのだ…。

手遅れなら切らない選択肢もアリ。でも、腫瘍さえ取れば復活できるのなら頑張って欲しいと思っている。

そんなことで色々と手につかなかったんだけど、ようやく先の目途が付いたので、これから子犬のページ作ります(*^_^*)

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2016.06.26

14歳と16歳

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シルバーダップルのシンノスケ14歳、ブラックタンのアスカ16歳、2016年6月にめでたくお誕生日を迎えました。
二人とも体調を崩すこともあるけれど、今は元気に毎日を過ごしています。
シンノスケは腰椎ヘルニアを手術なしで克服するという経験をさせてもらい、アスカには「犬には硬い骨をあげると歯が割れる」ということを教わりました。彼らから学んだ、成功したことも失敗したことも含め、今日まで長生きしてくれて本当にありがとう!と思っています。
見た目には本当の年齢よりもずっと若々しく見える彼ら(写真はいまいちですが…)が我が家の長命最長記録(ミミ・17才1か月15日)を超えるかもしれません。
年老いて、耳が聞こえなかったり、目が良く見えていなかったり、体が少々不自由になったとしても、怖い思いや、痛い思いをしないで、のんびりゆっくり自由に暮らせるように、できる範囲で頑張ってあげたいと思います。まずは今年の猛暑を乗り切ろう!

ハッピーバースデイ、14歳のシンノスケ、16歳のアスカ、これからもよろしくね(*^_^*)

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