MAGIC WORLD - 虹の橋
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 ★10★ 最期の選択?  



院長先生が来てくれた。今まで使った麻酔はもう使えない。けいれん発作が止まらないからだ。朝早くからずっと続くけいれんしているキャンディーに、もう眠らせてやらなければならないと決断をするしか選択肢がなかった。
こんなに頑張ったんだから、もうこれ以上苦しい思いをさせてまでそばにいてほしいと願うのは愛情ではなく自分のエゴだと知っていた。


涙を止めることもできない中で先生に「もうこれ以上頑張らせるのは私のエゴでしかありませんよね?」と聞いてみた。先生は長いこと腕組みをしながら、キャンディーと私を交互に見て、「もし、この子を僕にゆだねられるのなら最後にもうひとつだけこのけいれんを止められるかもしれない薬を使ってみることもできるけど…」と口を濁した。


まだ一緒にいる時間を延ばせることができるというの?でもその時間が今のようにキャンディーを苦しませながら続くのだったら、それ以外にも私のそばにいることができない状態が最後まで続くのなら、それはキャンディは望まないことだろうとも思っていた。


説明を聞けば薬の効果があるとは断言できない。かなり強い麻酔薬なのでそのまま亡くなる可能性もある。病院において状態を観察するには無理があるので院長先生が自宅に連れ帰って看護しながらやるしかない。


それって…そこまで私のキャンディーのために先生が時間を割いて頑張ってくれるっていうんですか?あまりの話のありがたさに声が出なかった。先生が「決断はもういつでもできることでしょう?何時だっておかしくないところまで頑張ったと思いますよ。だからこのまま眠らせてほしいと言われれば僕は反対する理由は一つもない。でも、もしかしたらあと1週間とか数日かもしれないけど、一度持ち直すことができるかもしれない可能性があるのなら、言い方は悪いけど試してみてもいいんじゃないかって思うんだよ。ただ持ち直せるとは断言できないことだから…。」


私はすがる思いで承諾した。またあのキャンディーの笑顔が見れるのなら。その次がもうないとわかっていても今のままで天国に送るには辛すぎる。だってちゃんとキャンディーにサヨナラしなくてはならないことを伝えていないから。。。


泣きながらキャンディーを先生の腕に託した。どうか神様またキャンディーの笑顔を見せてください、そしてちゃんとサヨナラする日がもうじき来るけどキャンちゃんと暮らせて幸せだったよと伝えさせてと願って・・・。


当時、我が家では一緒に暮らしていたパパの母が入退院を繰り返し、ついには日ごとに悪化していくなか病院へ通う日を送っていた。キャンディーの状態を見ながら義母の介護をしなければならない毎日は明けても暮れても永遠に続く地獄のような時間だった。母がよくなるとキャンディーが悪くなる。その繰り返しの毎日。どうしてこんな日ばかり続くのかとおかしくなりそうだった。


キャンディーを先生に託して、義母の入院先へ出向く。朝から泣きはらした顔に怪訝そうな義母につきあい心ここにあらずの時間が過ぎて行った。一晩が過ぎ、キャンディーは復活した。2002年7月29日奇跡が起きた。キャンディーは元気になって我が家に戻ってきたのだ。その月の日記はこちら。


キャンディーが良くなってほっとしたその次の日に思いもよらずに義母が亡くなった。29日にキャンディーが戻り家の中がぱぁっと明るくなったその次の日の夜。その日私は夕方遅くまで義母の付き合っていた。姪っ子がお見舞いに来たので後を頼んで家路についた。夕飯を食べ終わって明日は何を持っていこうかなぁと考えていた時病院から電話が入る。様子がおかしいのですぐに来てください。。。このやり取りはもう数回繰り返していて、油断していた。


キャンディーを見ている人が必要なので上の息子を家に残し下の子を連れて電話を切るなりすぐに病院へ向かう。飛び乗った車の中からパパへ連絡を入れて過ぎに病院へ向かうように言い親戚にも毎度おなじみのように連絡し…。息子とはおばあちゃんはタフだから絶対みんながそろわなくちゃ死んじゃったりしないから大丈夫よと胸を張って車を飛ばした。


でも義母は…さっき帰る前には元気に、また明日来るねと言ったらうんうんと言っていた母はもう冷たくなっていた。電話をもらってからたった30分だった。危篤って言ったって今までよりもそんなに大事っていう感じの連絡じゃなかったのに、大急ぎで来てくださいって言わなかったけど大急ぎで来たのに、誰も間に合わないってどういうこと?急変したってそんなにすぐに死んじゃうはずないじゃん。


気が動転して、おばあちゃんが死ぬはずがないって喚いた。おばあちゃんにすがって、「ねぇもっといろんな文句いうんじゃないの?もっといいたことあったでしょ?」ってわけのわからないことを口走っていたって…。義母は気丈な人で大正生まれの大店の娘だった。いっぱい苦労したらしくて働き者で人のことばかり気にする人だった。昭和生まれの宇宙人の貸家なんかに住んでいるどこの馬の骨とも分からない孫のような年ごろの娘を嫁にもらって、さぞかし面白くなかっただろう。


お嫁に来てからずっと、面と向かって嫌みを言われるのは日常茶飯事だったけど、そんな義母なのに入院してからは頼りにしてくれるようになった。聞いちゃまずいんじゃないかっていうような話までするようになって、帰るときにはすがるような目で見られる時もあった。パパが一番大切な人だってわかっていたから、その時に間に合わなかったパパをずいぶん責めた。だって逝く前にそばにいてほしかった人はパパだったろうと知っていたから…。


突然降ってわいた不幸の行事は何が何だか分からないうちに過ぎる。不思議な時間の経過のなかであれだけ状態が悪かったキャンディーに発作は起きなかった。1週間が過ぎ、人心地がついてようやくキャンディーが元気になっていることを喜べるようになった。もし同じ時期にどちらも最悪の時を迎えていたとしたらどんなことになっていたんだろう?まるでキャンディーはこうなることを知っていたかのように、私たち家族に手を煩わせないと決めたのだとでもいうように毎日を穏やかに過ごした。


一緒に住んでいる家族が亡くなるということは本当にいろんなことをしなくてはならない。1週間どころか気がつけば毎日毎日何かしらやらなくてはならないことがわき出てくる。毎晩キャンディーになかなか暇にならないね、なかなかゆっくりできないねとこぼしている日々だった。


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