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2009/03/06 Fri

誘惑に勝たせる

犬をしつけていく時にある程度までは教えられた感があってもここぞと信頼できるのかといったらなかなか「うちの子は大丈夫!」と胸を張れないものです。
それは犬のリードが離れた状態で教えていることがパーフェクトにできるかどうかの見極めに不安が残るからにほかなりません。

多くの誘惑をかけてみて、それにも打ち勝てる行動が伴う犬に育て上げられたらそんな不安はないはずですが、実際には誘惑をかける段階にまで到達しないことの方が多いようです。
特にシェルティーは繊細な子が多いので誘惑をかけてそれに勝たせるようにもっていくまでに時間がかかります。


我が家ができる犬と評価するものは、誘惑に勝てるまでに至ったものを指しています。
繁殖犬たちの中には見事なまでに誘惑に打ち勝つ状況を保つ犬を作られる方もいて、丁寧に教えられる人ならこうした状況も克服できるのだなぁと飼い主さんの愛情の深さに感動します。


犬に教える行動はさまざまありますが、たとえば「座れ」という簡単な動作一つにしても、飼い主が離れてもその場で維持できるかとか、歩きながら指示が出されてもその場で従えるのかとか、遠く離れた場所から指示されても従うかとか、訓練としてとらえれば科目にもなっているようなものとして数多く確定させる同じ行動があります。


誘惑に勝つという部分においてはこうした複雑にされたものでも最初の「座れ」の指示の理解がある中に目の前を動くものがあっても追いかけたいという本能を抑えられる理性の部分の強化ができたかというものです。

動くものに限らず食べ物を持って誘う人が来ても、犬がそばを通ってもにおいをかぎに来ても、猫が目の前を横切っても、ボールが投げられても、DISCで誘われても、よく知っている人に呼ばれても、最終的には一緒に暮らす家族に呼ばれても飼い主から出された指示による行動が継続できるということを指しています。


そこまでしなくちゃならないわけではなく、そこまで教えきれたら信頼に値する犬になるというだけです。
そして実はできないことではないということです。
通常訓練で言われるようにコマンドが最低二回で瞬時に動けるようになっていればほとんどの危険は回避できるものです。

でもそこに誘惑に負けてしまうのならこの限りではありません。


実際に起きた不幸な事例ですが、訓練犬としてかなり高度なことまでできるようになった犬の話です。
ある日大通りを散歩中に信号で座らせて待たせていたそうです。

飼い主はいつものことなので別段手から離れることのないようにとリードをしっかり持っていなかったらしいです。
いつものようにごくふつうに持っていたと。

もう少ししたら信号が変わるという時に向かい側に知り合いだか家族だか忘れましたが犬の姿を見つけて呼んだ人がいました。
犬は…車道に飛び出して…
リードが離れなければこんなことにはならなかったかもしれない。

最初はそう思いました。でも…


飼い主さんの慟哭は今も忘れることができません。
あんなにいい子だったのにという思いも捨てられません。
一緒にいっぱい泣きました。

自分を責める飼い主さんに言葉の掛けようもなかったのを思い出します。
自分ができることはこうしたアクシデントを避けるには犬に何を教えることが大切なのか見つけることでした。

人は間違いを犯すし、意図的にアクシデントを呼び込もうとするものではないのですから。


呼ばれても待っていてくれさえしたら…その願いはあの子には届かないけれど、今生きている子には教えられるはずだと思います。

我が家の愛ちゃんのケースも同じことです。同じ間違いを繰り返さないために・・・。


誘惑に勝たせる練習ができる時期は、飼い主から出される指示を「やらなければならないこと」ととらえさせずに「これだね」とすぐに反応でき、「次は何をするの?」という期待感があるくらいに楽しくできるようにしてからのずっと先の話です。

犬は単純な生き物でとても正直です。
だからどんな作業にしても人が遊びだととらえられないような仕事でも、犬が楽しみととらえればほとんどは途中で放棄するようなことはないのです。

逆に人が遊んでいるのにと思うような作業であっても犬にとって遊びにならない作業(押し付けられてやらされている作業か、やらなければならない義務のような作業)では放棄、若しくはしぶしぶと行動する等の明らかは反応の違いを見せるものです。


どんな行動を教えるにしても、犬は幼い子供と同じ知能程度なので原則は犬自身が楽しんで受け入れられる状態しかないと思います。

この状態にもちこめてあれば誘惑をかけていく時に飼い主自身が「すごい!」と思うように簡単に誘惑に勝つ子もいます。

誘惑をかけること自体がゲームになっているかのようです。


犬に形や行動を教えていった最後に誘惑に勝たせられるようなものを付属できたら犬という生き物への信頼度も一回りもふた回りも増していけるだろうと思います。

そしてめったには起きないであろう恐ろしいアクシデントを避けられる一つの方法になるでしょう。

2009/03/06 Fri

犬の馴致

仔犬を人間と暮らすために関わっていく多くのものへ馴らしていくことを馴致と言います。
人間にとって素晴らしいパートナーへ犬を変化させるために一番大切な部分で、しかも一番手間のかかる難しい部分です。
馴致が成功すれば犬育ての8割方は成功したといってもよいと思います。


昔の日本の犬の飼育方法だったら難しいことはなかったかもしれません。
犬たちは縛られることなく自由気ままに自分の家を認識し飼い主を認識しテリトリー内で自分なりの生活をすることができていたからです。


しかし現在は犬は飼われている家庭内から一歩外へ出ればリード等で拘束しておくことが条件とされ、自由気ままに歩くこともできません。
仔犬は親犬に十分教育されて育ったものではなくなり、ごく幼い時期に隔離され自分が犬であるのか人であるのかの区別もつかないまま十分な犬としての基本的な学習もつかずに飼い主のもとへやってくるようになってしまいました。


飼い主の側も多くの情報の氾濫と飼育マニュアル化の波に翻弄され、工夫することなく書いてある物どおりに行動すれば犬は教育できるのだと錯覚するようになってしまったのではないかと思います。


馴致は本来自然体で行われるもので、こうしなければならないというものではなく飼い主の手元に来た犬が慣れていけないものを克服させるために飼い主がこの犬の場合は苦手なものがこれならば、こうしたらいいかなと工夫しながら伝えていくものです。


つまり馴致にはハウツーはないのです。
犬種による特性に違いがあるので教えることは違うでしょうし個体によっても違いは大きいです。
たとえばゴールデンのように人が大好きな犬種であっても人が苦手の子もいます。
吠えないと言われているバセンジーでも吠えたてる子もいます。


馴致に必要な飼い主の感性は犬種の特性であることを越えるところにあると思います。
個体認識を第一と考えて犬種特性は後から考えたほうがうまく行きます。


音に鋭敏な反応を起こす犬はほかの犬よりも音を拾う範囲が広いでしょう。
匂いを嗅ぎたがる犬は普通の犬よりも多くのにおいを判別できるかもしれません。

つまりそのまま発展させてしまえば問題行動につながる部分を逆の発想に変えて個性と見ればその能力を開花させることができるかもしれません。

犬が起こす行動をすべて良くない行動ととらえずによいものへ変化させられるチャンスを見つけたと解釈できる余裕をもって人と共に生活していく中に支障が出ないように犬に理解できる様に反応を見ながら多くのものに良いタイミングで接触させ馴らしてあげましょう。

2009/03/06 Fri

環境と条件

犬を育てる時に重要になるのが環境です。都会で育つ犬でも多くの環境条件が異なり、地方で育つ場合も同じくです。
仔犬の時代にいかに馴致をうまくやるかは育てる必須条件の一つですが、環境だけはそう簡単に変えられるものではありません。


我が家の場合をいえば、住宅密集地でありながら角地に立つ環境で家の前面と右側は道路に面しています。
隣接している家は裏と左隣のみです。
道路を隔てればすぐに家があります。
道路に面した部分は庭と駐車場になっているので犬たちが外に出れば道路を通る人や車の物音がすぐに聞こえてしまいます。

学校がそばにあるので朝と夕方は学生がわいわいと通る通学路に面し、甲州街道から浜田山(井の頭通り)への抜け道なので車も意外に多く通ります。

家から2分とかからないところに大きな公園があり自然の中での散歩は優雅にできる環境です。
公園を抜けると川沿いの遊歩道に降りることができ、ここは多くの飼い犬たちが散歩コースとして愛用しています。
川沿いの道を抜けて交通量の多い街道を横切ればまた最初の公園よりも大きな公園にたどりつきます。

ここは最初から犬をリードをつなげてあれば入園可能とされて作られた公園なので、近くの公園とは違い多くの犬たちが飼い主とともに散策に来ています。この公園を抜けると井の頭線にぶつかり商店街へ抜けるためにはどこを通っても踏切を渡る必要性があります。
踏切を越えればいきなり商店街です。
店も多く人通りも多いにぎやかな場所です。
それを過ぎると井の頭通り、左に向かえば環状8号線です。
逆コースからは甲州街道と大きな車がスピードを上げて通る道路にもすぐに出ていける環境なわけです。


こうした場所を徐々に抱っこしながらお散歩していき馴らしていける場合と、静かな環境の中でしか歩けないとか、逆にいきなり大通り等に面していて静かな場所から始められないなど馴致に使える環境は大きく違います。

仔犬の時代に抱っこのお散歩が大切ですと伝えてあっても、人通りのない静かな環境しか歩いていない犬や最初からドキドキしたまま地面に降りられる時期が来てしまった犬と、少し筒経験させながら上記の環境を使うことができた犬では予防注射が終わって道路におろしてからの状況が同じなはずはありません。

シャイさがあっても克服した方がよいものを多く伝えられた犬と伝えられていない犬とでは表現も異なります。
仕事を持たれている人の場合にはなおさら夜しか行けなかったりするでしょうし、犬の馴致にかける時間は同じでも環境から学ぶものが違いすぎるのは事実です。
少ない時間の中で馴致と銘打って犬に無理をかけたやり方をすればシャイさが出ていなかった犬でさえどんどんシャイになってしまうことも否めません。


環境が整えられないのは仕方がないのことなので使える時間の中で無理をしない環境を整えることがまず第一だと思います。
我が家では上記の環境がありながら使うことができない状況のことが多いです。
数頭の犬との暮らしではない部分が条件を異ならせます。
ではその時に環境を使わずにどうするかでしょう。


夏のように気象条件が問題になってしまう時期以外はできるだけ人が伴って庭先でいろんな音がしても問題が起きないことを学習させます。

学習させるといってもやっていることは単純で洗濯物を干すために庭先に出ておいでと子犬を呼び出し、音に反応しない犬も一緒につれてでます。
いなければ子犬だけでも構いません。
私はやらなければならない作業を淡々とこなしながら子犬の様子を観察します。
怖がってしまう子は隠れられるような場所に避難するし、気にしていない子はそれなりに遊び始めます。
毎日同じことを繰り返しているうちに庭という環境に慣れ、聞きなれない音だけに反応しても通常聞いたことのある音には反応しなくなってきます。

仔犬の起こす反応が吠えることであった場合のみに吠えたことはたしなめますがそれ以外は自由にしておきます。
玉に呼び掛けてそばにくるように仕向けたり、休憩と称しておやつを食べたりするときに子犬にフードを少し与えたりちょっとしたピクニックを狭い庭で行います。

車がない時には駐車場も開放し遊ばせていきますが、シャッターがトラックの振動等で音が出ても慣れてしまうのです。


2カ月の時には怖がった子も、3カ月にはそんなそぶりは見えなくなります。


車で近くまでしか行かないような場合と子犬を同行して問題ない場合の時は常に一緒に載せて歩きます。
連れ合いの駅までのお迎えや息子を目的地まで送る時や、ちょっとした買い物で子犬を車に残さないで済むようなタイミングを使ってです。

仔犬を連れて車に乗る時に私は抱っこ袋のようなものに子犬を入れて抱いた状態で最初のうちは載せていきます。
仔犬が慣れて抱かれていなくても問題が無くなるまで繰り返していきます。

車に乗ることが苦にならなくなったら後ろの座席から前に来てはいけないことを教え(協力者がいないと難しい)ドライブが好きな子に仕立て上げていきます。


庭はあっても天気が悪ければ使えません。
夏のように気温が高い時や蚊等があまりに多い時期も使えません。
こういうときは涼しくて犬を連れていけて人がいっぱいいるような場所が馴致には最適なので、JマートやSVなどを利用します。

買い物に行くならこっちへ行こうと行く先を通常の場所から変えて連れだせるように配慮するわけです。

こういう場所を利用するときに私はほかの人に子犬を接触させずに行動します。
話しかけられたらもちろん話はしますがあえて子犬を触られないように気をつけています。
ほかの犬に対して吠えられたり吠えてしまった場合にはなだめたりたしなめることはしますが叱りつけることはしません。

ママがいるから大丈夫よと理解させたいのでそれに沿う行動を起こします。仔犬の起こす行動に合わせるのでやり方はさまざまです。
通常ならそんなにかからずに終わる買い物を子犬のためにピクニック気分でぶらぶらと歩き回りできるだけ長く使う工夫をしています。

いくら連れて行ってもすぐにその環境から抜け出てしまっては子犬が理解するには不都合だろうと感じているからです。

エアコンも効いて涼しいしゆっくりのんびり抱っこのお散歩をするわけです。これなら休日しか使えなくても誰にでもできるだろうにと思います。


犬用のカートに載せたり、ほかの人に触ってもらったりするのはずっと先の話で、抱っこの散歩を環境を変えて私の場合には犬同伴OKのJマートでしてみるのです。
通り過ぎる人も、カートに乗った犬も、吠えかかって来る犬も、ママに抱かれている限り自分には問題が起きないんだなと犬が理解出来たあとは徐々に話しかけてくれた人と連れている子犬の状態を見比べて大丈夫だと判断で来て初めて触ってもらうわけです。

シャイな犬になってしまうのはこの工程を簡略化した場合に起こると感じています。
馴らすために無理にほかの人間との接触を強要したり、場所をいろいろ変えてしまったり、飼い主を頼れない状況にしてしまったりすれば、何もかもが怖いシャイな子になるのは当然です。


実際に行動してみればたったひと月くらいの時間なのに、同じ兄弟姉妹であっても、我が家で育てる仔犬と3カ月の時点で既に差ができてくるのは環境の利用の違いだけだろうなと感じています。

最初は小さな差であっても、月日が過ぎていけば大きな差になってしまいます。


環境は作れなくても条件は飼い主が整えることができます。
生まれおちた時からずっとそばにいて体温からにおいから安心できる人間なのだという解釈のある私たちの方が新しく飼い主になった人よりもずっと有利に決まっています。
不利な部分があるのだと知った上で、子犬に無理をかけないで怖がらせない育て方は飼い主にしかできない重要な部分です。

最初の手間を惜しまなかったものがおおらかな犬を作るといっても過言ではないと思っています。

2009/03/06 Fri

家族との信頼関係

犬と暮らす相手には自分だけではなく家族が伴う場合が多いと思います。
我が家は私のほかに連れ合いと息子が二人です。
連れ合いの両親も同居していましたが数年前に亡くなり今は4人家族です。

息子一人は犬にかかわる仕事を望み多少なりとも勉強していますがもう一人の息子と連れ合いは犬のことには一般の人と同じレベルで多少は一般家庭ではありえない数多くの犬たちと暮らしている分犬の声が聞こえているかもしれません。


犬について多くを知らない人が家族であることは通常当たり前です。
家族は子供もいるでしょうしお年寄りもいるでしょうし、あとから生まれてくる赤ん坊もあるでしょう。一般的には子犬を教育する時に家族にも協力を仰ぎ同じ言葉を使おうとか、同じ方針で犬に対応しようとか言われていますが、現実的には非常に難しいと思います。


犬を飼うことを了解できた家族の場合、犬を好きである、可愛いと感じているという部分は共通です。
そして犬についてよく知らない人の方がより多く犬に対して媚び、犬から使われる人間となることが多いものです。
これは自分が犬に好かれたいという願望からくるもので、飼い主自身にも起こりえることでしょう。
飼い主自身は同じ状況に陥っては元も子もありません(笑)


犬に通じた人間は犬に対して媚びへつらうと、犬自身が飼い主を頼れる相手だという認識がつかず願望通り犬に好まれない状況を作ることを知っています。ですが、見た目には犬の要求を受け入れる人間の方が犬が好んでいるようにも見える部分に飼い主は間違いを犯すのです。
飼い主とその家族は犬への対応が違うのが当たり前なのだと考えていれば、家族が犬を甘やかしても気にならないはずです。


核家族で子供を育てるときとは違い、祖父・祖母がいる条件での子育てと、犬の人の家族の中での育て方には類似性があります。
子供は愛情の伴う厳しさを親からは受け入れますが、祖父や祖母からは愛情が伴っても厳しさを受け入れにくいものです。

ですから多くの場合おじいちゃん・おばあちゃんは孫に甘くてうまく行き、おこずかいやおやつなどで孫の機嫌をとってもいい関係が出来上がります。
その背景には親がいて厳しい制限もかけてあればなのだろうと思います。
祖父や祖母をまねて親自身が子供の機嫌を取りながらおやつやおこずかいを交換条件になびかせる手法は多少よい部分もあるのかもしれませんが、教育とはほど遠くなってしまうのではないでしょうか?


私はそんな考えのもとに家族が犬に対して問題になるであろう最悪のやってはならないこと以外はすべて大目に見ています。
犬は飼育される家庭の中でかわいがられるべき存在であり、飼い主自身のいうことがどんなに聞けたとしても、家族が触ることができないとか、威嚇行動をとるとか、散歩等に連れだせないとか、ある程度の言うことを聞こうとしない等では犬と暮らしているとは言えないと思うのです。

多少甘やかしていても飼い主自身がルールを決めていてそれに従う意思を犬に対して作らせてあれば通常家族とよい関係を作れるのが犬です。
家族は祖父祖母が孫に対するように無償の愛で付き合えばよく、飼い主だけは犬への責任を持って正しく教育すればよいと考えています。


犬からの答えを受け止めながら教育していけば、仮に食べ物を使わなくても、家族が食べ物を使っているのにいうことを聞くのは飼い主の方になります。
犬は群れ族というシステムを持ち、リーダーに従い行動するという本能を持つ生き物で仔犬が従うべき最初のリーダーは母親で、飼い主は母親の代わりになればいいのですから。

母親はほかの誰よりも仔犬に対して多くの時間と手間を裂き、子犬が群れの中で生き抜くための術を伝えます。
飼い主が同じことができれば、一緒に暮らす家族に対しても愛情深い表現を起こしかわいがられる存在になり、なおかつ飼い主の命令には従う犬と成長します。
家族に伝えておかなければならない犬に対しての配慮は、相手が大人(または小学生の高学年以降)の場合、犬をからかうことが嫌われる原因になると伝えることと、無理やり抱きしめたり捕まえたりすると嫌われるということくらいです。
また意味無く叱りつけたり言うことを聞かせようともがけばもがくほど言うことは聞かないのだと伝えることも事によっては必要な場合もあります。
飼い主からの意見は、家族に聞く意思がなければ犬はそれに沿った行動を起こしますし、参考にして行動すれば望んだように変化することはすぐにわかるでしょう。


子供の場合には彼らに任せておく方が多くの場合うまく行きます。
彼らは子供であるという共通点から相手を理解することが早くお互いにやられて嫌なことははっきりと断れるし、やってほしいことは要求していきます。友達になるからです。

大人がそばで見ていて目に余る行為があった時のみ介入し、「喧嘩両成敗」のルールにのっとって平等に犬も子供もたしなめることが大切です。
人間の子どが優先としてしまうと犬は理解不可能になる場合もあり信頼関係の構築が望みにくくなります。


犬は犬なりに家族に対してどの人のはここまで許せるとかを決めてくるので、その度合いは家族それぞれに違いが出てくることを知っておくとよいでしょう。


たとえばうちでは下の息子が一番かわいがっている犬のひげを引っ張っても遊びだと解釈しているのでその犬に嫌われて避けられたりすることはありませんが、接触の度合いが少ない犬に同じ行動をすると嫌なことをする奴だと明らかに避けられるようになります。
息子を避ける犬に私が同じ行動をしても私を避けることはありません。
つまり信頼関係には度合いがありすべてが同じ条件下にないのだということです。


家族を信頼しかわいがられる犬に育てるのは飼い主以外にはいません。
アマアマな家族に行動に対してむっとすることもあるでしょうが太っ腹になって寛大に見られてこそ犬たちから一番の信頼を得られる相手になれるだろうと思います。

2009/03/06 Fri

我が家のルール

それぞれの家庭にそれぞれのルールがあります。
我が家にも、のんびりゆったり暮らしていても実際には犬たちに守らせる絶対的なルールが存在します。
あれもやらせない、これも禁止と書き出していたら何ページにもなってしまいそうなくらい実際のルールは多いです。

その代わり、ルールに縛られて窮屈であるという感覚を犬たちが持たないで過ごすような配慮はして生活しています。


我が家は住宅街の中にある一般家庭なので、数多くの犬がやたらに吠えたてられると非常に困る環境にあります。
かといって声帯を切って飼おうと思ったことは一度もありません。
そんな事をするくらいなら手間を惜しまず犬に理解させる方法を選びます。

犬には生まれもって神様から与えられた言葉を使う権利がありそのために声帯が存在するのです。
声帯を使わない生き物なら退化しています。

使っているものを私の都合でなくすことができません。


なので無駄吠えはことごとく止めます。
全く吠えてはいけないということではなく、私たちが迷惑だと感じる吠え方や回数、時間帯、など条件によって止め方も厳格さも違いがありますが、基本的には「やめなさい」と言われてその行動を停止させるを原則にしています。

言葉かけで停止しない場合には年齢と理解度によって強硬手段も使います。
解釈はいろいろあるでしょうが私たちにとっては犬への愛の鞭です(笑)


ごみ箱をあさったり、テーブルの上にのったり(うちは座卓なので低いテーブルです)そこら辺に置いてある食べ物を勝手に食べたりすることはものすごく叱られて育ちます。
最初からやらない子もまれにいますがたいていは黙ってみていれば仔犬のうちはやりたい放題やってくれますから、やめさせたかったらやらせてみないとやめさせられないを原則に、犬の行動を観察しながら教育するわけです。

犬は自分のする行動が正しいことか正しくないことかの理解は最初からあるわけではありません。
行動を起こし、それが自分にとって嫌なことが起きたり驚くようなことにつながったり、相手に威嚇されたり攻撃されない限り、問題のないことであるという解釈しか付きません。

つまりやったあとの飼い主の行動が大切で、禁止されたのか嫌がっているのか、望まれたのか、犬が理解しなければならない行動を飼い主側が求めなければ教育できないのです。
また犬は非常に単純な解釈しかできないので、一度や二度で一生忘れないように覚えるものもありますが、それはトラウマに近いものであり、通常の生活上の多くのことは繰り返される条件の中で自分の都合のよい方に選択肢を変えていく生き物です。


つまり人間の方がある一つの事柄について都合のよいものに解釈するように教育できたと認識していても、タガが緩めば犬は緩い方を選ぶということです。人が緩い方でもよいと伝えたに過ぎず、犬のせいではありません。


このことを踏まえ、我が家ではひと・犬に限らず、攻撃を加えることは何があっても許せないことの一つと教えてあります。
もちろん犬同士の場合、つついたり、怪我をさせるほどではない表現の場合には必要なことという認識の場合にはたしなめないこともありますが、加減を知らないような行動の場合と、相手が人だった場合はこの限りではありません。

大人ばかりの家庭の中で育つ犬たちであっても、近づいて来る人間が赤ん坊や、子供やお年寄りなど、苦手、または犬にとって見知らぬ不思議な生き物として見える相手であっても、ほえついたり噛もうとしたりする行為は我が家の犬たちにはあってはならないことという教育をしています。

これは自転車やオートバイなどの人が乗っていることが見えているものも含みます。


犬はテリトリー意識の高い生き物ですが、住宅街で生活しているときに家の周りでする音を怖がりすぎたり、通る人に対して吠えかかったり、意味無く吠え続けていたりすることはとても困る現象だと思います。
うちの犬たちはこうした行為を全くしないわけではありませんがするたびに叱られて制限されています。

若い個体ほど叱られたからとすぐにその行動を止められるわけではありませんが、吠える必要がないと知った犬たちが増える中で自分の行いが叱責の原因であることは徐々に理解しますし、ほかにも条件を変えて1頭で問題を指摘され制限されることの繰り返しからほかの犬と同様の行動に準じてくるようになります。


選挙カーが通り、さおだけ屋さんが通り、豆腐屋さんが笛を鳴らし、学生が奇声をあげて通り過ぎて行く環境です。
大きなトラックが通れば駐車場のシャッターがガタガタ震え変な音も出ます。毎日郵便配達の人が来て、宅急便のお兄さんがきて、通学の小学生の子供たちが、近所のお年寄りが、赤ちゃん連れのお母さんが、犬がいっぱいいるねと門越しに覗きこんでいく家で、庭先や駐車場でうろちょろしている犬たちが全く吠えないで静かにしていられるようにすべてを教育し切れているわけではありません。

でも、「誰かがのぞいているよ!」「誰がきた〜!」と吠えたら最初にかける言葉は「やめなさい!」です。

状況が分かっていても決して「わかったよ」「ありがとう」とはいいません。

吠えずに伝えに来たら「いいこだね、ありがとう」と頭の一つもなぜますが吠えたらまず制限するが一番なのです。

そうしないと次からどんどん吠えるようになって行くからです。


室内でも同じことが言えます。
年をとって耳が聞こえなくなったり、人の話がよく理解できなくなった年齢の子は別として、10歳前の犬たちなら室内でも同様だということです。

窓から見えるものに対して吠えたてたり、興奮して部屋中走り回ったり、やめなさいと言われてやめてくれなかったら我が家の頭数では大変なことになるのですから。。。


ちなみに我が家の犬たちでは飼い主の言うことをちょっとへらへらしながらこのくらいはいいよねという表現をダックスの方が多くします。

でもそんな子たちでさえ、こちらが本気で行動制限をしに来た時はピクリとも動かずに数分耐えることができるのです。言葉だけで…。

あのガサツなダックスでもです(笑)

通常お客様の前では本気で叱らないのだということを犬たちはよく知っています。
目に余らない限り本気で叱ることはなく来ているので多少ずうずうしい表現が多いかもしれません。
幼い子供と同じです。


我が家の基本のルールは「やってほしくないことは必ずやめさせる」だけです。
一つ一つは常識の範囲で、自分たちが困るというよりも、他人から見てあんな犬は嫌だなと思われないような犬にするために多くを教えています。
教え方は、母犬や群れを形成する犬たちが仔犬に対して群れのルールや犬としての常識を教えるやり方をまねて人ならその方法をどう使うかをMAGICSTYLEと呼び作り上げています。

一般的に使われている強制訓練、陽性強化法は時と場合によって利用することはありますが、多くは独自の教え方です。

餌や物による代償行為も使いませんし、犬が恐怖によって行動の制限をするような強い禁止も使いません。

犬からの理解の度合いを把握し、その犬に合わせた方法論の選択から伝えていく作業を推奨しています。


なぜなら犬と付き合うということは彼らの意思を認めなければこちらの意思も認めてくれないと長い経験の中から知ったからです。
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